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谷脇研児さんとの出会いは、僕が主宰する少人数制勉強会TechWave塾(現・TheWave湯川塾・以下「TW塾」)だった。「新しい価値観の社会の中でのビジネスとキャリア」をテーマにした10期に谷脇さんが申し込んできたのだが、はっきり言って谷脇さんの印象は薄かった。勉強会の期間中もほとんど発言しなかったし、懇親会の席でお酒が入っても隅のほうでほかの人の議論をながめているだけだった。「いや、何を話していいか分からなかったんです」と谷脇さんは当時を振り返る。わたしは塾生一人一人と個人面談の時間を設けているのだが、個人面談のときも話は弾まなかった。「谷脇さんはこれからの人生で何をしたいんですか?」「うーん、なんでしょうね」。「どうして塾を受講しようと思ったんですか?」「どうしてだったかなあ。まあ会社から近いんで、通いやすいなとは思ったんですけど」・・・。一貫してこんな感じだ。谷脇さんは、故郷徳島に本社があるIT企業の本社から東京支社に異動になり、2012年3月から東京で単身赴任の生活を始めたばかりだった。異動と言っても片道切符の異動。徳島に戻るには転職するしかなかった。新しくマイホームを建てたばかりだし、どうしても家族の住む徳島に戻りたかった。


1年以内に転職先を見つけるか、転職できなくても会社を1年で辞めて徳島に戻る。東京転勤前に心にそう決めた。

東京に来てひと月、ふた月と経っていくが、仕事に追われる毎日。このままではだめだ。このままじゃなにも始まらない。谷脇さんは、ものすごく焦り始めた。そのとき目に入ったのがTW塾の募集広告だった。どんな勉強会かまったく分からなかった。どうやら起業家のような人ばかりが集まって感じで、自分のような特に夢もない普通の会社員は参加できないんじゃないだろうか。不安だったが、立ち止まっていては時間が過ぎるだけ。なんでもいいので動かないとだめだ。とにかく受講してみることにした。


15人ほどの少人数制勉強会で6週間のカリキュラム。講演というより、ゼミに近い感覚。講師を身近に感じることができた。講師は知らない人ばかりだったが、だれもがいきいきしていた。周りの塾生も前向きな人が多かった。会社とは全く異なる空気感だった。


世の中には自分らしく生きている人が数多くいる

世の中には、自分の思った通りに楽しそうに生きている人がいる。しかもその数は少なくない。そう感じた。Facebook上で講師や塾生仲間ともつながった。その人たちとのつながりの中で、おもしろそうなイベントや勉強会があれば、とりあえず出てみることにした。「東京にいるんだから、東京でしかできないことをどんどんやっていこう」と思った。


TW塾10期には、自由大学の学長の和泉里佳さんが講師にいた。TW塾が終わったので、自由大学でも受講してみることにした。


同じくTW塾の講師だったフューチャーセンター提唱者の野村恭彦さんのイベントにも参加した。そのときのパネラーだった中村健太さんの「生きるように働く」という言葉に共感して、中村さんのイベントにもよく行くようにした。


Facebook上のTW塾コミュニティで知り合った兵庫県丹波市の市会議員の横田親さんにも、直接会いに丹波まで行った。


仲間がどんどん増えていった。「人と会うのって、めちゃくちゃおもろいって気づいたんです」。


いろんなところで話題になっていたPaperboy&coの創業者の家入一真さんのイベントにも参加した。そのときに家入さんが「事業はストーリーを持ってるやつがやるべき。金儲けが目的のやつはオレが潰す」と発言していたことが心に残った。自分のストーリーってなんだろう。そう自問した。


自分の生まれた町がストーリーかも。そんな思いが、谷脇さんの頭をかすめた。でも谷脇さんの故郷の町は、狭い路地が入り組んで、小型の軽自動車でなければ行けないような町。陸の孤島のような場所だ。自分の子供時代には、1学年に20人ほど児童がいた小学校も、今では全校で16人しか児童がいなくなったという。これだけ交通の便が悪いんだから、こうなるのも仕方がないなあ。過疎化はさらに進み、いずれだれもいなくなるんだろうな。それでも仕方がないんだろうな。なんとかしたいけど、どうしようもないんだろうな。そんなふうに考えた。


「言い訳」を排除して可能性に挑戦する

そんなとき仲間を通じて、島根県の北に浮かぶ隠岐諸島、海士町の話を知った。島根からフェリーで4時間という離島。そこはIターン者300人、Uターン者170人、計500人近い人が7年間で移住してきた町。なぜそんなことが可能なんだろう。


「なんか自分もできるかも」。今まで交通の便が悪いことを言い訳にしていたけど、自分の町だってやってみる価値があるかも。そう考えた。仲の良かった1つ上の地元の先輩が、ずっと地元に残って地元を引っ張っていたのに、前年の村祭りの際に急逝した。そのショックも大きなきっかけとなった。「先輩の意思を継ぎたい」。そう考えた。


そこから町おこしに関する情報収集を本格的に始めた。丹波の横田さんも9月に海士町を訪問していたので、横田さんからも詳しく話を聞いた。また、ずっと会いたかったコミュニティデザイナーの山崎亮さんの講義も受けて、地域活性化の知識と仲間がどんどん増えていった。


海士町で地域の活性化を事業にしている株式会社巡の環の代表取締役で、地域活性のバイブル的な名著「僕たちは島で、未来を見ることにした」の著者の阿部裕志さんが、自由大学学長の和泉さんの昔からの友人だった。その縁で、阿部さんが、自由大学の講師としてくることに。谷脇さんは、大喜びで阿部さんの講義を受講。阿部さんとも、みっちりと話をした。


阿部さんは、地域コーディネーターの仕事を学ぶ2泊3日のプログラムを海士町で始めることを計画していた。その第1期を1月からスタートする予定だという。


地域コーディネーター業務。まさしく谷脇さんが、学びたかったことだ。それを海士町に行って学べる。しかも自分は1期生になれる。そのプログラムの初日が谷脇さんの44歳の誕生日だった。人生45年目の最初の日。運命を感じた。


そのころ谷脇さんはTW塾12期にも応募してきた。久し振りに会う谷脇さんは、まるで別人のように明るかった。10期のように隅で話を聞くのではなく、人の輪の真ん中で笑っていた。町興しを自分のテーマとして定めていたからか、発言にも自信がみなぎっているように感じた。


12期の仲間で「どうすれば自分のしたいことを見つけられるか」という話題になったことがある。そのときに、谷脇さんは「人に会いに行くこと。人と会うことで自分のしたいことが見つかる」と発言した。「人と会う中で、丸太がどんどん削られて中から彫刻作品が浮き出てくるような感覚で、自分の好きなこと、やりたいことが見つかってくるんです」。すばらしい表現力だった。自ら体験して得た感覚だけに、説得力があった。


TW塾12期が終わり、年が明け、いよいよ海士町のプログラムに参加することになった。海士町に行くにはフェリーで4時間も揺られなければならない。まずはフェリーの発着地の近くの米子に前泊することにした。


そのころ谷脇さんは、人との出会いの楽しさに魅せられていた。海士町まで行ってこのプログラムを受講しようとする人なんだから、ほかの受講生もおもしろい人たちに違いない。プログラムの事務局に、米子でほかに前泊する人がいないのか聞いてみた。


前泊するのは谷脇さん以外に二人いた。当然面識はなかったが連絡を取り、米子で一緒に飲むことにした。ものすごい行動力だ。


「旅先で、見ず知らずの人が、僕と飲むために僕を待ってくれているんです。不思議な感覚でした」と谷脇さんは笑う。フェリーでの4時間の旅を覚悟で学びたいという人たちだ。会ったことがなくても、意気投合することは分かっていた。「僕よりずいぶん若い人たちだったですが、めちゃくちゃおもしろい人たちでした」。大手流通業の労働組合の幹部という一人の若者は、「企業は地域貢献すべき。僕の会社は僕が変えてみせます」と言ってのけるほどの強者だった。


「彼を丹波のいたるん(横田さん)に会わせれば、おもしろいことになると思いました。彼も、横田さんが何の準備もなくわずか10日で市議選に当選したという話をしたらびっくりしていました」と谷脇さんは笑う。自分が前向きに生き始めれば、同じように前向きな人と、どんどん出会って奇跡が生まれる時代になった。特にFacebookのようなソーシャルメディアが、出会いと奇跡を加速させることを、谷脇さんは実体験として学んだ。同じような出会いと奇跡を、ほかの前向きな人たちにも起こしてあげたい。そう思い始めたのだろう。


「契約社員になることをお勧めします」合意に達するまで繰り返されるリストラ面談

休みの日などのプライベートな時間は充実していた谷脇さんだったが、実は会社は2012年の秋ごろから険悪なムードに包まれていた。長らく続く業績不振を背景に、会社は各業務をアウトソーシングするとともに組織再編を進めていた。谷脇さんの所属していた品質管理の部署も縮小対象だった。部署内のメンバーの多くが評価を大幅に下げられ給料が下げられた。特に年齢の高い一部社員に対する風当たりは強かった。上司との個別面談で「今のこの部署の業務はアウトソースすることになります。今の業務を続けたいのなら、契約社員になることをお勧めします」と宣言された。決して「辞めろ」とも「契約社員になれ」とも言わない。上司は、あくまでも「お勧めします」という表現を使ってきた。 「いやお勧めされても、僕にはメリットがないので契約社員にはなりません。またこの業務にこだわりはないので、別の業務でもいいです」と言っても、上司は「あなたは社員として失格ですから、契約社員になることをお勧めします」の一点張り。1時間余りの話し合いは平行線に終わった。何度目かの面談で「こんな話し合い、いつまで続けるんですか」と谷脇さんが聞くと、上司は「いつまでも続きます。合意に達するまで面談させてもらいます」と言い放った。


その後も面談は行われたが、話し合いは相変わらず平行線。「契約社員になることをお勧めします」「勧められても、なりません」ー。同じ言葉が部屋の中を何度も行き来した。精神的な戦いだった。気分が滅入った。面談の時間になると、体調がものすごく悪くなることが体感できた。このままでは、頭がハゲるのではないかとも思った。人はこうして精神に支障をきたしていくのだろうなとも感じた。


そんな状況をも上回るほど、プライベートな時間は充実していった。「ここまでよく爆笑する40歳を見たことないって言われた」と、そのころ谷脇さんはFacebookに投稿している。負のエネルギーに正のエネルギーが優っていたのだろう。


正のエネルギーに満ち溢れる人の周りには、人が寄ってくる。だれかに紹介したいと思う人は、まず間違いなく正のエネルギーにあふれている人だ。暗い顔をした人をほかの人に紹介したいと思わないからだ。そして幸運は必ず人を媒介してやってくる。人しか幸運を運んでこない。前向きな人のつながりが多い人ほど、連続して幸運を受け取る機会に恵まれる。


講師も普通の人。友達になれる。だれからも学ぶことができる

谷脇さんは、東京に転勤する前に、友人から徳島県のサテライトオフィスという取り組みの話を聞いた。東京のIT企業などが、徳島の田舎でサテライトオフィスに入居するケースが増えてきているのだという。田舎と都会の両方がハッピーになるステキなプロジェクトだと思った。それ以来、サテライトオフィスプロジェクトの動きに注目していた。11月には、ちょうど東京のプラットイーズという会社が徳島で説明会を開くというので、行ってみた。エンジニアを募集しているみたいだったが、構わず出かけるのが谷脇さんの積極性のなせる技だ。説明会でエンジニアたちはあまり質問しなかった。「だれも質問しないのなら、ということで、エンジニアではないけど会社の方向性とか、目の前の仕事にはあまり関係のない質問を3回も4回もしたんです」と谷脇さんは笑う。


それから2ヶ月後の1月下旬、徳島からの帰京の飛行機に、同社の社長が乗っていた。何度も質問したので顔を覚えてくれていたようで、向こうから会釈してくれた。しかも社長は通路を挟んで隣の席に座った。これも何かの縁。通路越しに話をしたくなかったので、羽田に着いてから歩いて移動する少しの時間を利用して自己アピールすることにした。といっても話をしたのは、まず3月に仕事を辞めて徳島に帰ろうとしていること(帰ってから仕事を探す)と、徳島に帰って町おこしをしたいという自分の夢ばかり。サテライトオフィスができる場所が地域活性化で有名な神山町ということで、そこで地域活性化を間近で見て、自分の実家周辺に活かしたいとか。会社にどう貢献するのかというような話はまったくしなかったという。


「また連絡します」と社長から言われ、その後実際に東京で面接を受け、何度かのやりとりで入社が決まった。おもしろそうな人に会うために東奔西走していた谷脇さんだが、転職活動は一切していなかった。「退職しないで、徳島に戻らないで、転職活動しても、まあ無理かなって思っていたので」と言う。意外にも最初の面接で、転職が決まったわけだ。


東京での研修を終え、近く徳島に戻る谷脇さん。会社での仕事に加え、徳島で仕掛けてみたい町おこしプロジェクトの構想も次々と浮かんでいるようだ。


当面収入は下がるだろうが、生活はできる。その代わり家族との生活、やりがいのあるライフワークが待っている。「東京はすごい。本を読んでおもしろい人だと思えば、会いに行ける。東京にいるのに、人に会えるのに、何もしないというのは意味が分からない」。頭で考えて何もしないのではなく、まずは動いて見ること。その大事さを谷脇さんは教えてくれた。


谷脇さんと同じTW塾12期受講生の松村亮平さんは、谷脇さんから次のようなことを学んだという。


僕がワッキーから学んだことの一つは、単に「人に会ってつながる」だけでなくて、「人とのつながりを紡ぐ」ことが大事ということです。
単にたくさんの人に会いに行くだけの人は世の中に一杯いると思うのですが、ワッキーが違うのは、ちゃんとそのつながりを「生きた」つながりにしているところなんじゃないかと思っています。
ワッキーはちゃんと「生きた」つながりにするために、顔を覚えてもらえるように特徴のある名刺を作ったり、同じ人に2度会いに行くようにしたり、イベントで質問をしたり、それこそFBでタイムラインにコメントしたり...と色々努力している。

そんな地道な努力とワッキーの性格とが相まって、みんなワッキーに「久しぶり! 会いたかった!」と思ったり、魅せられたりするんじゃないかなあと。
ワッキーとよくイベントで会うのですが、色んなイベントのそうそうたる講師陣と普通にしゃべっているワッキーにいつもビックリしていますw

谷脇さんは言う。「講師も普通の人で、友達になれるんだと、TechWave塾で学びましたw。逆に誰からも学べるんだとも思いました。なので、友達増やして、より多く学びたいですー」。