経済を成長させるのは、テクノロジーでも、資本でも、労働でもない。人間のクリエイティビティだ。クリエイティブ都市論の著者であるリチャード・フロリダはそう断言する。これからの社会を牽引するのはクリエイティブクラスと呼ばれるタイプの人々になる、と同氏は言う。なんとなくそんな気もするんだけど、そう言われても自分のようにそれほどクリエイティブじゃない人間はどうすればいいんだろう。


絵が上手、音楽が得意、というような感じで、クリエイティビティって天賦の才能のような感じがして、僕のような凡人には羨むしかないような・・・。トホホホ。


でも一線で活躍するクリエイターの多くは、「神が降りてくる」という表現を使って、自分のクリエイティビティが自分の才能ではないような話をする。作家のエリザベス・ギルバートがTEDで行ったスピーチ 「創造性をはぐくむには」の中でギルバートさんは、古代ギリシャとローマではクリエイティビティは個人の資質ではなく精霊のようなものだと考えられていたと言う。ローマ人はこの精霊のことを「ジーニアス」と呼んだ。今ではジーニアスは天才という意味に使われているけど、もともとはクリエイティビティをつかさどる精霊という意味で、この精霊は芸術家のアトリエの壁の中に潜んでいると考えられていたそうだ。


ギルバートさんはこのスピーチの中で、この「精霊」もしくは「神」は気まぐれで降りてくることもあるし、こないこともある。どちらにせよわれわれ人間は常に自分のベストを尽くして神が降りてくるのを待つしかないし、神が降りてこなくても自分を責めてはいけないと主張している。



ギルバートさんやローマ人だけじゃなくて、多くのクリエイティブな人が同じような「神」の存在を口にする。本当にそういうものなんだろうか?


もしそうだとしたら、僕のような凡人にでも「神」は降りてくるんだろうか。


クリエイティブな人たちは、「神」が降りてくるための条件の1つとして、人間としての自分ができる努力はできる限りすることを挙げている。人事を尽くして天命を待つ、というやつだ。


寝る前にできるだけ情報を詰め込んで就寝すれば、朝起きた時点でそれらの情報がきれいに頭の中で整理されて、新しいアイデアも思いつくという話もよく聞く。「神」が降りてきているのか、それとも寝ている間の脳の働き方が起きているときは異なるからなのかは分からないけど、確かに朝起きたときの思考はさえている。僕も原稿執筆は朝に集中的にやっている。


あとは怖れを少なくすることも大事だと言われている。人間には死に対する怖れ、尊厳を失う怖れ、信頼を裏切られる怖れの3種類の怖れがあるといいう。収入がなくなって生活できなくなるんじゃないかっていうような不安は「死に対する怖れ」の一種。バカにされたくないという思いや、見栄を張る気持ちは「自分の尊厳を失う怖れ」だろう。恋愛恐怖症は「信頼を裏切られる怖れ」だ。


生身の人間である限り、こうした怖れを完全になくすことはできないんだろうけど、少なくともこうした怖れをコントロールできるようにはなりたい。反対に怖れに人生をコントロールされていては、「神」は降りてこない。自分らしく生きる人生のヒントが降りてきても、「尊厳を失う怖れ」が邪魔をして、見栄だけで進路を決めてしまえば、ますますクリエイティブな自分を見失ってしまう。


グループを組んでクリエイティビティを高めようとする方法もある。それを経営理論にまとめたのが、U理論なんだと思う。U理論を絶賛する声をあちらこちらで聞くんだけど、僕自身はU理論――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術という本を読んだんだけど、分厚いし難しくてよく分からなかった。ワークショップか何かを実際に体験しないと分からないのかもしれない。


いずれにせよ、だれもがクリエイティブになれるのだとしたら、クリエイティブになりたい。絶対になりたい。また作家の神田昌典さんが「5年以内にU理論はビジネスの常識になる」って語っているそうだし、これからは自分の同僚やチーム、部下のクリエイティビティをどう引き出すかが競争力の源泉になるような気がする。


来月から、U理論の実践者や、僧侶、量子物理学の研究者、スピリチュアル研究者など、いろんな領域の直感力研究者と議論する機会があるので、じっくりと考えてみたい。それでもっともっとクリエイティビティに磨きをかけたいと思う。