以下は僕の新刊「未来予測 ITの次に見える未来、価値観の激変と直感への回帰」の「終わりに」です。この本は電子書籍という形だけでの出版になっていますが、スマートフォンやタブレット、iPadなどで無料kindleアプリをダウンロードすることで簡単にお読みいただけます。詳しくは、意外に知らない?電子書籍ってスマホで簡単に読めるんですよ。iPhoneでAmazonの電子書籍を読む方法【湯川鶴章】



終わりに

この本を書きながら、書き上げた原稿を何度ボツにしようとしたことか。「お金」をベースにしたビジネスチャンスの話から始まり、途中で「お金」をベースにしたビジネスチャンスとは違う考え方が必要だと主張し始める支離滅裂さ・・・。

どちらかに焦点を充てるべきなのではないかとも考えた。こんな本、見たことがない。今回は出版社を通さず、アマゾン・ダイレクト・パブリッシングを通じて自ら出版するのだが、もし出版社を通していれば、この本は大幅に書きなおさせられたことだろう。

とはいうものの、多くの人はこの両方の考え方を並列で同時に持っているのだろうし、それが時代の過渡期を生きる我々の本当の姿なのだと思う。なのでこの支離滅裂さのままで本を書き上げることにした。

古い時代が終わって新しい時代が始まるのではなく、古い時代のビジネスのあり方と新しい時代のビジネスのあり方が同時並行的に成り立っている、というのが今の社会なのだと思う。近代になって「工業社会になった」と言われるが、社会の構成員が全員、工場の労働者になったわけではなく、農業従事者は数が減っても、農業という業種はなくならなかった。それと同じようなことだ。

もっと言えば、この支離滅裂さは、私自身の心の葛藤なんだと思う。正確に言えば、自分らしく生きるという価値観や人間は宇宙とつながっているという真理観を、私自身が100%信じているわけではない。どうすればお金が儲かるのかいつも考えているし、好きなことやって生きていけるほど世の中は甘くないと考える自分も存在する。

だがこの本の中で書いたように、若いころから自分の価値観を切り離し、社会の価値観に合わせて生きる術が身についている。米国という異文化の中にどっぷり浸かって生きるにはそうするしかなかった。しかしそうすることで、価値観の変化を客観的に見ることができたし、今また日本社会の価値観の変化を客観的に見ることができるのだと思う。

なのでこれまで自分が慣れ親しんだ価値観とは異なる価値観が、今後主流になるのだということに関しては頭では分かっている。だが自分自身がその価値観に軽々と移行できるのかと言えば、そうでもない。自分の中の葛藤を引きづったままだ。 この本を書くこと自体が私にとって、新しい価値観や生き方への移行の挑戦だった。

この本の本文に書いたように、2013年1月にTechWaveを離れた。辞めようと思った最大の理由は、副編集長だったマスキンこと増田真樹さんとの方向性の違いだった。いや方向性を変えたのは私のほうで、増田さんは一環してテクノロジー関連記事を書いてくれていた。

この本の中にあるように、私の興味はテクノロジーの枠を超え、テクノロジーが社会に及ぼす影響へと移っていった。増田さんから、「テック以外の記事は別のブログを立ちあげて、そちらに書いてほしい」との要望がくるようになった。ブログメディアのテーマに一貫性がなくなると広告主が嫌がる、というのが彼の主張だった。メディア運営という観点において、彼の主張は正しかった。

私の収益源は、TechWave塾に既になっておりTechWaveというメディアからの広告収入にはほとんど頼っていなかった。しかし増田さんにとって、広告収入は彼の大事な収入源の柱だった。彼にとっては死活問題だった。 TechWaveは私が中心になって始めたブログメディアである。そして私は編集長。方向性は私の独断で決めていいのではないか。もし私の方針が気に入らないのなら、辞めてもらえばいいだけだ、という考え方もできた。しかし増田さんは一生懸命に記事を書いてTechWaveに貢献してくれていたし、自分自身を彼の立場に置くと私の方針転換はあまりにも身勝手だった。

私と増田さん。どちらがTechWaveを必要としているのだろう。どちらがTechWaveを大事に思っているのだろう。 増田さんだった。

それなら私がTechWaveを去るべきだと考えた。

そう考えた途端に心が軽くなった。自分が大事に育て上げてきたメディアを手放す寂しさはあったが、直感の指し示す方向に進むことにした。

もともとTechWaveの広告収入にそれほども頼っていなかったとはいえ、収入源が1つ減った。また増田さんに迷惑をかけてはいけないと思い、塾の名前をTechWave塾からTheWave湯川塾に変更し、TheWave.jpというブログを新しく立ち上げ、そこで塾生の集客を始めたのだが、集客に難航するようになった。 半年もしないうちに貯金がみるみるうちに減っていった。「住宅ローンと教育費を支払えなくなる」「カードローンで借金はできるが、借金が山のように膨らむのではないか」。左脳がそう考え始めた。

3年前にも貯金が底をついたことがある。そのときに始めたTechWave塾が軌道にのり生活できるようになった。「今回も同じこと。低くしゃがむのは、次に大きくジャンプするため」。右脳は楽観的にそう反論した。

右脳と左脳はいつも対立した。左脳が主導権を取ったときは凹み、右脳が主導権を取ったときは気分が高揚した。

そんなとき、塾の講師依頼とあいさつを兼ねてアカシックレコード研究家の大野百合子さんを葉山に訪ねた際に、生まれて始めてタロット占いをしてもらった。 2枚のカードが出た。1枚は大きくイルカが描かれた「ハーモニー」のカード。もう1枚は、旅人が目的地に向かって曲がりくねった道を進んでいる「トラベリング(旅行中)」のカード。「ハーモニー」は私自身の人生の目的であり、「トラベリング」は現状だと言う。確かに、これからどう生きるべきか悩んでいる気持ちは「トラベリング」そのものだった。でも自分の人生の目的が「ハーモニー」であると言われてもピンと来なかった。自分のことをそんな風に思ったことがなかったからだ。 ただ私の友人で、この本の表紙を書いてくれた勝屋久さんによると、私のイメージはイルカなのだそうだ。勝屋さんもまた直感力の非常に優れた人だ。この本の表紙の中に書かれているイルカも、私をイメージしたものだそうだ。

「イルカだ!」タロットカードを見たときに、私の右脳は興奮した。私の左脳は「単なる偶然。タロット占いって胡散臭い」と一蹴した。 大野さんによると、私のこれからの人生は、世界のハーモニー(調和)に貢献するために使うべきだという。私はまだ自分の可能性の30%ほどしか出しておらず、世界で仕事をすることで最大限に自分の可能性を活かすことができるのだそうだ。

ハーモニー(調和)。

自分には全く自覚がなかった。自分が周りの人たちを調和させているなんて、考えたこともなかった。

このことを周りの友人たちに話をすると、多くの人がきょとんとした顔をした。「え、湯川さんて、自分の価値がハーモニーだということに気づいていないの?」。それが仲間たちの反応だった。いろいろな個性を持つ人たちとも別け隔てなくつきあえて、みんなを仲良くさせる能力が私にはある、というのが多くの友人たちが持つ私の人物像なのだそうだ。 へー、そうなんだ。自分では全く気づかなかった。自分のことは自分で分からない。そういう話をよく耳にするが、私自身もそうだったのかもしれない。 しかしどういう領域の仕事をすべきなのだろう。「ひょっとすると今やっていることの延長線上じゃないかもしれませんね」と大野さんは言った。

世界で仕事をする。ワクワクする話だ。でも何をすべきか見当がつかなかった。そんなときに塾の事務局を担当してくれている片ちゃんこと片山啓吾さんが「ひらめきました!湯川さん、電子書籍で本を出すべきですよ」と元気に提案してきた。

「うん、それがいいかもしれない」。私の右脳がそう考えた。電子書籍で英語の本を書けばいいんじゃないか。もしかしたらそれがスタートかも。そう考えると、気持ちが高揚した。 でも左脳は「本は当たれば大きな利益になるが、ほとんどは当たらないし、あまり収益性の高い事業じゃない。もっと別のことをすべきだ。再就職口を探したほうがいいんじゃないか」と考えた。「日本中で執筆だけで生きている人は五人もいない。著述業はインターネット普及以前に成立した職種であり、今は絶滅寸前の職種だ」。左脳は相変わらず冷静だった。

本当に自分の直感やワクワクする気持ちに従って生きていいのだろうか。左脳は、家族の生活を守るために、より安全な道を選ぶべきだと諭してきた。右脳は、直感を信じろと言い続けた。自問の期間が続いた。

どうすべきか。 友人たちは、右脳と同じ意見だった。友人の中でも最も直感がするどい、さかいとわこさんは、本の執筆に全力投入することを薦めてきた。「塾がどうなるかしらない。本も儲かるかどうかはしらないけど、本は誰かの心に刺さる。誰かの心に刺さればお金があとからついてくる」と何度もメッセージを送ってきてくれた。

「湯川さんは好きなことをすべきですよ」と塾の事務局を担当してくれているまなみんこと鈴木まなみさんが、何度もそう言って勇気づけてくれた。 とりあえず本に集中することにした。本の執筆は楽しかった。本に没頭しているとき、頭の中に心配事はなかった。ところが読んでいただければ分かるように支離滅裂な内容になっている。これでいいのだろうか、と悩んだ。そう悩んでいる時に、クレジットカードの支払いのためにネットバンキングで自分の銀行口座にアクセスした。残金がほとんどなかった。

1人で家にいると凹むので、ある友人と会って本の内容のことを相談することにした。ところが待ち合わせ場所に到着すると彼から「急な事態のため今日は行けない」というメッセージがきた。1人で飲んでいてもつまらないので、Facebook上で一緒に飲む人を募集した。急な話だったにも関わらず4人の友人が集まってくれた。

そのうちの1人、アンディこと安藤拓道さんの近況を聞いて驚いた。彼は新しい価値観の存在に気づきながらも、古い価値観の中で事業を展開していた。金銭的な成功を目指していた。だが、今手がけている次の製品の話をしながら「こんなことをしていても、人類は滅亡するかもしれないんですけどね」とシニカルに苦笑した。価値観変化の中で、彼自身も心に葛藤を抱えていたのだった。

彼の問題意識は、この本の内容そのものだった。もちろん私は彼に、この本で私が何を主張しようとしているのか一切教えていなかった。彼の話を聞いて「今この2つの価値観の世界の狭間で何をすべきか悩んでいる人がいる。その人達に向けて本を書くべきなんだ」、私はそう確信した。

そしてもう一人、茨木友幸さんは、電子書籍のマーケティング手法の確立に興味があるということだった。「あたらしい本の広告・マーケティングは、僕に任せてください」。強力な助っ人が現れた。 そして安藤さんは、世界に向けて執筆し、講演することを私に強く薦めてきた。安藤さんはどちらかと言えば斜に構えているところがある。非常に優秀なのだが、若さゆえか社会の中枢にいる年配者からは理解してもらえないようだった。そういうことがあってか物事に対して非常にクールな見方をしていた。そのクールな彼が、非常に熱く私の背中を押してくれた。

「そんな能力、僕にはないよ」。謙遜したわけではなかった。本当に自信がなかった。「百歩譲って湯川さんに能力がないとしましょう。でも湯川さんには仲間がいる。その仲間の知恵を結集させれば、価値ある仕事ができると思います」。涙が出るほど嬉しかった。 そこまで言ってくれるのなら、やってみよう。もう一度自分を信じてみよう。そう思った。執筆を続けることにした。 そしてそれから1週間後、貯金がついに底をついた。 先行きがものすごく不安になり、マイナス思考が頭の中をぐるぐるめぐり始めた。マイナスな考えを排除しようと思った。考えを切り替えようと思った。しかしどうしても自分の思考をコントロールできなくなった。大野さんに教えてもらった方法で、初めて自分自身でタロットカードを引いてみた。「この不安を取り除いてください」と念じながら。

引いた2枚のうち、1枚は魔術師のカード。もう1枚は兵士が倒れているカード。兵士の体には何本も剣が刺さっていた。非常に不吉な絵だった。 インターネットでこのカードの意味を調べてみた。兵士の倒れている手前の絵が「今」、その後ろの対岸の彼方に見える絵が「未来」なのだそうだ。対岸の彼方には日の出が描かれていた。このカードの意味は、「今は非常に苦しくても、明るい未来が待っている」というものだった。

そして魔術師のカードの意味は「本当の自分のスタートです。自信を持ってスタートすれば人々の喜びにつながります。自分の才能を自分のために使ってはいけません。新しく役に立つ刺激をみなに与え続けないといけません。あなたはほかの人達にないオリジナリティでみなを魅了するのです。何の小細工も仕掛けも必要ありません。能力、創造性、やる気があり、無限の可能性があります。今していることは自分のためだけじゃなく、必ずみんなの役に立ちます」というものだった。 神か、守護霊か、宇宙か、潜在意識、集合意識か、空(くう)か、源(ソース)か、ハイヤーセルフか。何なのかは分からないが、愛のあるメッセージに涙が出そうになった。

よし、執筆に専念しよう。そして英語で本を書いていこう。そう心に決めた。周りにもそう公言するようになったし、Facebookのプロフィールの職業欄を「作家」に変更したのは、執筆で生きていこうという覚悟が固まったからだった。

もう落ち込むことはなくなった。

ところがその辺りから、足にケガをするようになった。左ヒザに痛みを感じるようになったので整骨院に行ってみると、ヒザ近くの靭帯が炎症を起こしていた。運動不足解消にウォーキングに精を出すようになっていたのだが、そのウォーキングが裏目に出て、筋肉に疲れが溜まったのではないか、ということだった。運動したことが災いになった。なんとも釈然としない話だった。

左ヒザの回復に約1ヶ月かかったが、執筆に専念していたので、仕事に支障をきたすことはなかった。そして1ヵ月後に回復。さてゆっくりと運動を再開しようと思った矢先に、今度は右足の親指の付け根に激痛が走った。痛風だった。血液検査をすると、確かに尿酸値は基準値を上回っていたが、「発症するほど高い数値でもないんですがね」と医師が首をひねった。

続けざまに足を病気が襲う。なぜなんだろう。これはどんなメッセージなんだろう。勝屋さんと電話で、そんな話になった。「まあ間違いなく体を鍛えろ、というメッセージだと思うけどね」と私が言うと、勝屋さんは「足だから、行きたいところにこのままじゃ行けない、というメッセージじゃないの?」と指摘してくれた。

「海外に出たい。世界に行きたい」。そのころ私は友人たちにそう語っていた。

しかしそのために何か準備をしているのかというと、具体的には何もしていなかった。ただ漠然と「行きたい」と思っていただけだった。「世界に出るべきだ」というメッセージは大野さんや安藤さんを始め、多くの人からいただいていた。自分自身もそう思うようになったが、でも実際の心の中には「本当に世界で仕事が出来るようになるんだろうか」という思いがあった。仲間は私のことを信じてくれているのに、私自身が自分のことを信じていなかった。いろいろな偶然がすべて同じメッセージを送ってきているのにも関わらず、自分自身がそれを無視し続けていた。

「出来るわけがない」というブレーキをかけているのは、だれでもない。自分自身だった。自分の自信のなさが、夢に進む上での最大の障壁だった。 足のケガは、そのことを私に教えてくれるメッセージだったのだと思う。 逆に言えば、私が自分自身のブレーキを外せば、夢が叶う可能性があるということだ。 もはや迷いもない。ここまでメッセージが重なるのなら、進むしかない。しかも全速力で。

そうすることが自分自身の夢を叶えることであり、自分の使命を果たすことなのだと思う。 幼いころはだれもが夢を持ち、ニコニコ笑いながらその夢を語る。ところが年齢を重ねるごとに、夢を追いかける人の数が減る。「あなたは夢を持っていますか」という問いに対する「はい」という回答の数が年齢とともに見事に右肩下がりになっている統計グラフを見たことがある。そうはなりたくない。いつまでも夢を追いかける人間であり続けたい。何年か前にそのグラフを見たとき、そう思ったことを覚えている。

そんな私も、今年の11月で55歳になる。いつの間にか、私も夢を諦める寸前だった。「歳を重ねても夢を追い続けよう」という決意さえ、とおの昔に忘れかけていた。年齢からくる体力の低下、惰性で生きる同世代の人たち・・・。夢を諦めるための自分自身への言い訳は、周りに幾らでも存在する。 そんな私に、仲間たちと「何かの大きな力」が、夢を追い続けろと背中を押してくれたのだと思う。

この本は、夢に向かっての最初の一歩。これからも、自分の得意分野、ワクワクする分野で、徹底的に尖っていきたいと思う。

尖ることでしか生きていけない。尖ることでしか生きている意味がない。そして尖ることでしか、日々を生きている実感を得ることができない。心からそう思えるようになった。そう思うことで、落ち込むことが一切なくなった。

私に夢を追い続けることの大切さを思い出させてくれた仲間たちに対して、心から感謝したい。そしてメッセージを送り続けてくれている「大きな力」に対しても。

2013年6月 湯川鶴章