イケダハヤトさんは、僕が尊敬する若き友人の1人です。彼がネット論壇に登場したころから彼には注目していましたし、今日でも彼のぶれない主張に一目置いています。

イケダさんの主張や価値観の背景には、経済が右肩上がりで成長を続けてきた時代はそろそろ終わりという現状認識があります。どうあがいても20世紀後半のような経済成長を望めないのであれば、なんとか経済成長を果たそう、所得を増やそうと無理をするより、自分らしく生きよう、というのが彼の主張です。お金に縛られない生き方をしようという提案です。お金に縛られないようにするにはどうすればいいのか。効率よく高収入を得ることを目指し就労時間を減らして好きなことをするのか、それとも支出をギリギリまで減らして好きなことをするのか。もしくはその両方。そうすることで自分と仲間を大事にし、社会に貢献するような生き方をしよう。それがイケダさんの主張です。

僕には、この主張や価値観に問題あるようには思えません。それどころか、イケダさんのような価値観が今後社会の主流になっていくように思います。

その理由は2つあります。1つは、若い世代にはイケダさんと同じような価値観を持っている人が非常に多いから。若い世代がこれから社会の中心になるにつれてこの価値観は広まっていき社会の主流になるのだと思います。「いや、そうとは限らない。団塊の世代は60年代には愛だ、ピースだ、革命だって騒いでいたけど、結局大人になった。今の若い世代も経験がまだ足りないだけ。彼らもいずれ大人になる」という反論があります。

確かにそうかもしれません。でも2つ目の理由から、こうした価値観が今後主流になるのはほぼ間違いないと私は確信しています。

その2つ目の理由とは、イケダさんを批判する人たちが非常に感情的になっているからです。年上の世代が若い世代に意見をするのなら、もう少し丁寧な大人の態度で接すればいいものを、口汚く罵る人が多いのに驚きます。

そこまで感情的になる必要はないだろうというほど、感情的な非難を多くみかけます。人は、自分が心の奥底に隠し持っている感情、押さえ込んでいる感情を指摘されると、感情的になります。感情的になっている人たちは、心の底にイケダさんのように自分らしく生きたいという気持ちを隠し持っているのでしょう。でも家族のことを考え、嫌な上司や取引先に頭を下げ、生意気な部下からつきあげをくらう毎日。そうした現実の日々をなんとか生き抜くために、自分らしく生きたいという気持ちを抑えこんでいる。なのに、イケダさんはそこを突いてくる。「本当はあなたも僕のように自由に生きたいんじゃないですか」って。

だから感情的に反発したくなる。「若いお前に何が分かる」「中間管理職の悲哀がお前にわかってたまるか」「好きで社畜になっているわけじゃない」・・・。

つまり心の中にはイケダさんと同じような価値観を持っているからこそ、感情的になっているのだと思います。

つまり若い世代の心の中にも、その上の苦悩する世代の心の中にも「自分らしく生きたい」という思いは存在するのです。社会が豊かになり、自己実現の追求が可能になってという背景もあります。東北大震災を経験して人生の意味を問い直した人が多いのかもしれません。理由はどうであれ、社会は「自分らしく生きる」という価値観のほうに流れ始めたのは間違いないと思います。

今は、イケダさんを非難する人の声がネット上では優勢のように見えますが、実際にはイケダさんの考えを支持する人のほうが多いのではないかと思います。イケダさんの支持者は、既に自分らしく生きる人生を手にしているので、感情的に意見を表明する必要がないのだと思います。

イケダさんのような「自分らしく生きる」という価値観が、目に見えない世界を信じる真理感につながっていき、今後の社会を読む上で重要な大きなうねりになる、という未来予測が私の新刊本「未来予測 ITの次に見える未来、価値観の激変と直感への回帰」の主張の核になっています。

この本の「あとがき(解説)」を投資家でカリスマブロガーのやまもといちろうさんにお願いしました。やまもとさんと、イケダさんと言えば、ネット上で論戦を繰り広げることもあるのですが、この本に対する反応は意外にも二人とも一致していました。

自分らしく幸せに生きていける人たちはいい。でもそうでない人たちの救済はどうするのか。それが二人の反応でした。ひょっとすると二人には、似たところがあるのかもしれません。

私は二人と違って、基本的には他人を変えることなどできないと考えています。変えることができるのは自分と自分の未来だけ。互いの学びを助け合うために議論は私も大好きですが、価値観が異なる人との議論はほとんどの場合、不毛だと思います。特に自分を相手に認めさせたいという思いを持っている人との議論は、時間の無駄以外のなにものでもありません。

ほとんどの人が自分を成長させるために日々を生きています。ここまで成長したからもういい、というレベルに達している人はまずいなくて、だれもが自分の心の奥の怖れと向き合いながら毎日を生きています。とても人の成長を心配できる余裕などありません。そんな余裕は本来ないと思います。

他人のためにできることで最も効果的なことは、自分1人だけでもいきいきと生きることだと思います。その姿を見ることで周りの人がいい影響を受ける。背中を見せる。それが最も効果的な教育だと思っています。他人の成長を積極的に支援するには、よほど大きな愛がないとできないと思います。多くの場合、相手を成長させてやるという気持ちは、思い上がりであり自分を認めてもらいたいというエゴの可能性があります。

まずは自分の救済を目指すこと。そのことが、周りの人の救済につながるのだと思います。人の行動を変えるのは北風ではなく、太陽なのだと思います。