中村天風と植芝盛平 氣の確立」読了。ともすれば神格化されがちな偉人について、直近で見ていたからこそ書ける等身大のリポート。合気道の開祖、植芝盛平氏が実は器が小さいところがあったというエピソードが面白かった。自然体の極意は確かに身についていたようだが、それを言語化して弟子に教えることは必ずしも上手ではなかったようだ。天才には、そういう人がどうやら多いようだ。

「気」について万能のパワーであるかように表現すると、それを信じる人と信じない人に二極化してしまうけど、この本の著者、藤平光一氏は、気で鶏の動きを止めることはできたが、ほかの動物はできなかったことなどを正直に書いているので、かえって気の存在に対する信ぴょう性が僕の中で高まった。訓練しないと身につかないのだろうけど、藤平氏の下で気を勉強してみたいと思った。

個人的にメモしたいと思ったのは、次の一節。やはり人生の中で大変な時期を何度も潜り抜けることでしか、恐れを克服できないのかも、と思った。自己暗示をかけることで不安を払拭しながらも、実は心の中の不安の存在には気づいている、というのが今の僕の状況なんだと思う。でもこうした体験を何度も繰り返すことで、自己暗示をかきなくとも、恐れに屈服しない自分が完成していくのかもしれない。

 アメリカでパイロットに教えていたときに、こんな話を聞いたことがある。 パイロットが始めて飛行し、雲に入ると猛烈な恐怖感に襲われる。それは視界がまったくきかなくなるからだ。もちろんコックピットには計器があるから、操縦するうえで周囲が見えなくても問題はなし。それは理屈ではわかっていはいるのだが、やはり見えないということはどうしようもなく不安なのだ。 やがてすっと雲を通りぬけ、視界が開けると、今度はどこまでも飛んでいけそうな気分になる。そしてまた雲にかかると不安が訪れるーそれを繰り返しているうちに、雲があってもなくても同じなのだということを、心と身体で理解する。それからは楽に飛行機の操縦ができるようになるのである。