スティーブ・ジョブズは生前、「21世紀の最大のイノベーションは、生物学とテクノロジーが交差するところで起こる。新しい時代の始まりだ」と語っていた。

その予測を裏付けるかのように、ここ1,2年で「身体xIT」の領域で面白そうな動きが幾つか出てきている。その中で僕自身が注目しているテクノロジーを幾つかピックアップしてみた。


★①スマホが健康センサーになる  iPhoneカバーWello

iPhoneカバーの「Wello」は、センサー部分に指を当てながら両手でiPhoneを数秒持つだけで、体温、心拍数、血圧、血中酸素濃度、心電図データなどを測定できる。またiPhoneに接続した小型の筒型機器を口にくわえて息を強く吐き出せば、肺活量も調べられる。

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1回の充電で2ヶ月間動作し、採取したデータはBluetoothでiPhoneに送信され、専用アプリ内に記録されることになる。199ドルで5月15日まで先行予約販売を受付中だ。

米国、カナダ、中国、インド、香港、シンガポール、英国、EUで購入可能。米国ではFDA(米連邦食品医薬品局)の承認を得てから今年秋に出荷される見通し。インドでは8月に出荷の予定。
こうしたセンサー自体はそれほど高価なものではないので、Welloに搭載されているようなセンサーはいずれスマートフォン自体に搭載されるようになる。そう考える業界関係者は多い。


★②データ収集が簡単になる 注射針なしの血液検査、触れない脈拍計



「血液検査に注射針が不要になれば革命的です」。取材に応じてくれたある医師はそう語った。今のところ血糖値は、肌に針をさして採血するしか測定できない。重症の糖尿病患者では1日に数回、採血しなければならないらしい。もし針を刺すことなく採血できるようになれば、糖尿病患者にとって大きな朗報になることだろう。

ネットで検索してみると、針を刺さずに採血できる技術を持つベンチャー企業の記事が幾つかヒットする。しかしこれらのベンチャー企業の公式サイトにアクセスしようとすると、既に削除されたあとだったり、トップページだけで中身のないサイトだったりする。どうやら製品化に成功している企業はまだないようだ。

しかしここまで多くのベンチャー企業がこの領域で起業していて、有力ベンチャーキャピタルらが出資しているということは、少なくとも基礎技術のところはある程度確立しているのではないだろうか。もしそうであるならば、そう遠くない将来に今ある課題が解決され、針が不要な血液検査が実用化されるかもしれない。

また体に触れないで生体データを取る方法も開発されつつある。スマートフォンアプリのCardiioは、スマホのカメラを数秒間自分に向けるだけで心拍数を計測してくれる。顔の皮膚の血管の微細な動きを、光の反射の変化をもとに読み取るのだという。一般的な心拍数計に比べ誤差は、一分回の脈波数で3回程度。ほとんど問題のないレベルだ。



生体データの収集方法は、より簡単に手軽になっていくのだと思う。


★③ウエアラブルで検査 ブラ型乳がん検査機「BSE Bra」

より手軽になる方向で進むと、究極はウエアラブル機器になっていく。特にウエアラブル機器は、衣料の形にまでなっていくのだと思う。

その兆しは既に出てきている。米First Warning Systems社の乳がん検査デバイス「BSE Bra」は、スポーツブラのような形状をしていて、装着することで簡単に低コストで乳がんを早期発見できるのだという。



世界で年間約100万人の女性が乳がんと診断されているる。うち40万人が毎年乳がんで死亡する。乳がんにかかる女性は全体の12%、つまり8人に1人が乳がんにかかるという計算になる。恐ろしい高確率だ。

しかし乳がんは、早期発見で100%近く治ると言われている。

がんは平均130日で倍の大きさになる。若ければ成長が早く、年齢が高ければ遅い。40歳以下の女性のがんの成長は早く、発見しづらい。摘出される腫瘍の大きさは平均4センチ。がん細胞が生まれてから12年後のサイズだ。11年の時点では約1センチ、この程度の大きさになれば触診でしこりを認識できる。高性能レントゲンで確認できる腫瘍の大きさは0.2センチ弱、発生10年前後。発見率は78%程度。ただ若い女性の場合は、細胞組織の密度が高いので発見率は大幅に低下する。MRIを使うとさらに小さな腫瘍も発見できるが、検査コストが高いのが問題だ。

しかし腫瘍になる3年前から体内には1000万個のがん細胞が存在するといわれる。がん細胞は成長するために周辺に異常な血管を形成し血液の流入を求めるようになる。このときの微細な温度変化を観察すればがん細胞の存在を確認できる。

First Warning Systems社のBSEブラは、その微細な温度変化を観察することで、これまでの手法とは比較にならないほど早い段階で、しかも低コストに腫瘍を発見できるのだという。


★④生体データ一元管理プラットフォーム HealthBook

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Appleが次期iOSに搭載するとうわさされているアプリ「HealthBook」に関しては、これまで何度も記事にしているので詳細は割愛するが、ウエアラブル機器などで収集された健康データを1ヶ所に集めることは、大きな可能性を秘めている。

もちろんHealthBook自体が未発表のアプリなので、すべては憶測レベルだけど、夢物語的な可能性としては次のようなことが考えられる。

まず先進国のスマートフォンの売上台数の半数前後のシェアを誇るiPhoneに搭載されるわけだから、多くのユーザーが利用するかもしれない。データの記録先としてヘルスケア系ウエアラブル機器がHealthBookと連携するようになる。多くの健康データが集積され、健康データと疾患の関係で新たな知見が蓄積される。新たな知見と膨大なデータをベースにした製品やサービスが次々と登場するようになる・・・。

もちろん、そんなに簡単に物事が進むわけはない。だがやはりAppleが本気でヘルスケアの領域に乗り込もうとすることは時代を動かす大きなきっかけになるような気がする。


★⑤健康の法則は個人が発見する 時期尚早だったStudycure

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「朝食をしっかり食べたほうが健康にいい」「朝食は軽めで昼食をしっかり食べるべき」「1日5食。少量ずつ食べるのがいい」「たまには断食して胃を休ませるのがいい」「3度3度きっちり食事をとらないと、ドカ食いして、かえって太る」。世の中には、「こうすれば痩せられる」「こうすれば体にいい」という、いろいろな説がある。中には相反する説もあり、どれが正しいのか分からない。またほかの人にとってはよくても、自分にとっては効果のない話もある。

果たして自分がいいと思う健康法で効果は出るのか。その仮説を検証するサービス「Studycure」が面白い。例えば「エクササイズの前にコーヒーを飲んだほうが、いい運動ができた気がする」と自分で感じていたとしよう。コーヒーを飲んだときと、飲まなかったときの違いを記録していくことで、その仮説を証明しようというものだ。

ただこのサービスは既に存在しない。Studycureに関する米メディアサイトの記事は残っているのだが、同社の公式サイトはなく、公式Twitterも2012年11月の投稿を最後に止まっている。

恐らく時期尚早だったんだろう。PCウェブのサービスだったようだが、スマートフォンアプリで各種ウエアラブル機器と連携したサービスなら今後、成立する可能性は高い。「コーヒーを飲んだあとにいい運動ができた」という個人的な感想を記録するだけではなく、実際の心拍数や発汗量、消費エネルギー量などのデータを記録することで、「自分にとってはコーヒーを飲むことで効果的な運動ができる」という仮説をより科学的に立証できるようになるからだ。

医療がテクノロジーで変わると言われていても、なかなか変わっていないのが現状。その理由は、抵抗勢力になりえる既得権益者の動きが遅いからだったり、法律の規制が多かったりするからだ。しかし医療ではなく、予防医療、ヘルスケアの領域は、既得権益者のしがらみや法規制も比較的少ない。特に患者や一般ユーザーが主体となって自分の健康データを扱うこと自体、何の規制も受けないはず。なのでイノベーションはまず、ヘルスケアの領域で起こるのではないだろうか。膨大な健康データと疾患との関係から見えてくる新しい知見も、医療機関や専門家が実験で明らかにするはるか前に、個人が自分たちの仮説を試行錯誤のうえ証明することで明らかになってくるのだと思う。インターネットの根幹を流れる「Power to the People(個人へのパワーシフト)」の大きなうねりは、医療の分野にも及ぶはずだ。


★⑥遺伝子解析の低価格化 99ドルの23andMe

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遺伝子を解析すれば、その人ならではの特定の病気になる可能性が明らかになるといわれている。ただ遺伝子解析が高額過ぎて実際に遺伝子を解析してまで自分の病気のリスクを知ろうとする人はそう多くない。

しかし遺伝子解析の料金は急速に低価格化が進んでいる。米国の23andMe社の遺伝子解析サービスは、1回99ドルから、というところまで低価格化が進んでいる。このサービスでは唾液などのDNAサンプルを提出するだけで、自分の先祖の人種や出身地域まで分かるという。多民族社会の米国では異なる人種間、民族間の結婚が進んで、自分のルーツが分からない人が増えてきている。そうした人たちのルーツ探しのサービスのようだ。

今後は、膨大な健康データ、医療データ、遺伝子データが統合されるようになると、より多くのことが遺伝子解析から分かるようになるだろう。解析サービスの低価格化は、そうした未来への大きな一歩になることだろう。


★⑦ソーシャルは不可欠 景色が変わるBitGym

BitGymは世界のいい景色のいい場所の動画を表示することで、その場所を走っているような感じにさせてくれるアプリ。エクササイズバイクやランニングマシンの操作パネルのところにiPadを置くと、iPadのカメラがエクササイズ中のユーザーの体の揺れを認識。iPadはユーザーだどれくらい早く走っているのかを推測し、それに合わせて前方へ進んだかのように景色が変える。早く走ると景色も早く変わるようになっている。

また遠くに住む友人と同じ景色を見ながらエクササイズできるようにもなっている。

健康を保つ上での最大の課題は、持続。飽きない工夫というものが必要になる。その工夫の1つは、ソーシャル的価値。仲間と励まし合いならがエクササイズを続ける、というような仕組みを組み入れたアプリやサービスがいろいろ出てくるのだと思う。BitGymの、友人と同じ景色が見れるという仕組みも、ソーシャルの要素の初歩的なものだと思う。



★⑧サービスの決め手はやはり「人」。ヘルスケア事業者向けアプリGinger.io

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ウエアラブルで簡単に健康データを記録できるようになる。健康データを記録していくこと自体が楽しいという人もいるだろう。ただしそうした人はやはり少数派で、記録できるからといって、その結果が何かの価値につながらなければ、多くの人は飽きて記録するのをやめてしまう。

その価値は、だれがどう提供するのか。それはやはりヘルスケア事業者になると思う。病院や、フィットネスクラブ、パーソナルトレーナー、介護施設などの事業者が、膨大な健康データを利用して、より高度なサービスを提供してくるようになるだろう。そのデータを読み解き、適切なアドバイス、コーチングをするのは、「人」の役割りになる。コンピューターが提供する価値に、人が提供する価値を加えることで、より優れたサービスが可能になる。そういうビジネスがしばらくは主流になるだろう。

米国で先行するサービスにGinger.ioは医療や看護、ヘルスケアなどの事業者を通じて個人が利用できるサービス。スマートフォンに搭載されている各種センサーを使って患者の動きをリアルタイムに記録し、異常が発見されるとすぐに事業者に連絡がいくサービス。

今のところは、歩数計や加速度センサー、GPS程度のデータしか取れないので、徘徊傾向のある患者や、うつ病患者などに利用されるが、今後さらに多くの健康系センサーがスマートフォンに搭載されるようになれば、対象となる病理の数も増えていくことだろう。

既に米国の20以上の病院で採用されており、活動データとうつ病の関係などの研究プロジェクトにも協力しているという。


★⑨日本のイノベーションの形は?

米国では「身体xIT」の領域がいよいよ大きく花開きそうなのだが、日本では果たしてどうなんだろう。

人生の半分近くを米国で過ごした経験からいうと、米国人のほうが一般的に健康志向だと思う。最近でこそ変わってきたが、約10年前に帰国した当初は、日本人に喫煙者が多いことにびっくりしたものだ。また娯楽と言えば飲み会が中心というライフスタイルにも驚いた。

もちろん米国には肥満体の人が多く、一概にどちらの国民が健康とはいえないが、健康に気をつけている人の割合は米国のほうが多いと言ってもいいだろう。

その理由の1つは医療費の高さにあると思う。あまりに高いので、病気になってもできるだけ入院しないでおこうと考えるし、知り合いの中には救急車を呼ぶと高くつくので、痛みを我慢して自分の車で病院に駆けつけた人もいた。

日本は健康保険制度が非常に優れているので、病気になったからといって家計が破綻するという心配はあまりない。病気になると痛くて辛いので健康でいようと思うが、お金がかかるので病気にならないでおこうという発想の人はそう多くない。

Appleがうわさ通りHealthBookを出してきて、健康系のウエアラブル機器が市場にあふれるようになると、米国ではヘルスケア領域のイノベーションが急速に進む可能性がある。しかしこの潮流は、健康にそれほど気を使わない日本人にとって果たして何らかの影響を与えるのだろうか。

もちろんまったく影響を受けないわけではないだろうが、日本ならではの「身体xIT」の領域でのイノベーションがあるのだと思う。

ガジェットなのか、ソーシャルなのか、娯楽なのか。何かの楽しさを加えることで、多くの日本人が健康を目指すようなサービス。そういうものが出てこないだろうか。。

個人的には、 MedicaCloudメドピアプラスアールなどの今後の動きに注目している。


★⑩健康相談は人工知能で IBM「Watson」



最新の技術と「人」との組み合わせで、いいサービスができる。それは事実だが、将来的には「人」が提供する価値の部分にもコンピューターがどんどん進出してくるのだと思う。

そして最終的には、アドバイスやコーチングでさえも、人ではなくコンピューターの仕事になるのかもしれない。特に量子コンピューターの実用化が進み、人工知能が低コストで利用できるようになれば、医療、ヘルスケアの領域にも活用されることになるだろう。

その兆しは既にある。

IBMの人工知能「Watson」はスマートフォンアプリのバックエンドとして利用できるASP型の人工知能だ。アプリ開発者はWatsonを利用した分だけの料金をIBMに支払うだけで、世界最高峰の人工知能を利用することができる。

Welltok社が開発中のCafeWellというアプリは、人工知能のパーソナルトレーナーが健康アドバイスをくれるサービス。食事や運動、精神面でのアドバイスをくれるほか、ヘルシーな食事を提供するレストランを周辺から探しだしてくれるようだ。

今あるデータだけだと、ヘルシーなレストランの推薦ぐらいしかできないが、今後膨大な健康データが蓄積されるようになると、もっといろいろなレコメンデーションが可能になるのだと思う。

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数年前のパソコンの性能を上回るスマートフォンというコンピューターを一人一台持つ方向で時代が進んでいる。スマホと連携することで各種生体データを取れるウエアラブル端末や各種小型機器が雨後のタケノコのように次々と登場し始めた。

そんな中、先進国はどこも高齢化が進み、医療費の高騰が深刻な問題になりつつある。治療よりも予防に力を入れようという考えが広まり始めた。

機は熟した。

法改正や価値観変化の追い風を受けて、「身体xIT」の領域は今後爆発的に急成長するのだと思う。

ジョブズの予測通り、21世紀最大のイノベーション領域の1つになることは間違いなさそうだ。



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