クラウドコンピューティングという表現がIT業界関係者の間で一般的に使われるようになったかと思えば、今度はクラウド(雲)ならぬフォグ(霧)という言葉を含むFog Computingという新しいキーワードが米国のIT業界で使われ始めた。

クラウドコンピューティングは、自社のサーバーを使ってデータを記憶させたり演算処理をさせたりするのではなく、インターネット上の専門業者のサーバーを使って同様の業務を行い、その使用料だけを支払うという事業の概念。どこにどのような形でサーバーが設置され、どのように使われているのか分からない。まるで雲の上のサーバーを利用しているような感じがするので、クラウド(雲)コンピューティングという言葉が使われるようになった。

クラウドコンピューティングは、サーバーの初期投資が不要なので大きな資金がなくてもベンチャー企業を起業しやすくなったし、大企業にとっても効率よく運用できるメリットがある。なので、クラウドコンピューティングは利用が進む一方だ。ただ運営コストを下げるために、土地や電気代が安い場所にサーバーを設置するため、通信にわずかながらも時間がかかる場合がある。私自身の経験でも、スマートフォンから航空券の予約をしようとすると、空席を表示するのに数秒かかり、ちょっとイライラしたことが何度かあった。

一方フォグコンピューティングは、使った分だけ使用料を支払うという事業形態はクラウドと同じだが、顧客の特定用途の端末の近くにサーバーを設置することで、通信にかかる時間を極力小さくすることができるのが最大の特徴。霧も、雲のように水蒸気で視界が遮られ、中で何が行われているのか分からないが、霧は雲よりもより近くに存在する。そういう意味でフォグ(霧)コンピューティングという言葉が使われ始めている。

同様の概念は、これまでエッジコンピューティングなどと呼ばれることもあった。しかしスマートフォンを中心とした無線通信が主流になったり、あらゆるモノにセンサーと通信機能が搭載されるInternet of Things(IoT、モノのインターネット)の時代が本格的に始まろうする中、パソコン時代のエッジコンピューティングとは異なる仕組みが必要になってきた。なのでフォグコンピューティングという新しい名称で、そのビジネスの可能性を考えなおそうという機運が高まっているようだ。

この名称を提案しているのはルーター大手の米シスコ・システムズだが、米ウォール・ストリート・ジャーナルなども最近の記事で、この名称を取り上げて、「フォグがテックの未来だ」と論評するなど、この名称が広く受け入れられるようになりそうな雲行きだ。


★フォグコンピューティングの7つの特徴

シスコによるとフォグコンピューティングの特徴は次の7つ。1つ目は、通信に時間がほとんどかからないことと、場所が重要な要素であること。「土地代、電気代が安ければ地球上どこにサーバーを置いても構わない」というクラウドコンピューティングとは異なり、フォグコンピューティングではよりリアルタイムにスムーズにデータを転送するために、サーバーの設置場所が重要になる。ゲームや動画のストリーミング、拡張現実(AR)などのサービスは、通信に時間をかけずに大量のデータを送受信しなければならない。これらのサービス向けにネットワークのあり方を工夫したことが、フォグコンピューティングの始まりだという。

この延長線上で今後、自動車の後部座席向けの映画配信サービスなどのビジネスが登場するかもしれない。そのサービスを実現するために、高速道路や幹線道路沿いにプロキシサーバーを設置する事業者も出てくることだろう。今後、どこにサーバーを設置するかがますます重要になっていくことだろう。

2つ目は、端末が広く点在していること。スマートグリッドは電力の流れをセンサーがモニターし、最も効率よく電力を配分できるようにする仕組みだが、電力網上のセンサーは広範囲にわたって設置されることになる。この広く点在する端末からのデータを、インターネット上で他のデータの交通の中に混ぜて渋滞を引き起こすのは、あまりに非効率。電力網上のセンサーのデータだけを集計する仕組みを構築すれば、効率よくリアルタイムに電力の流れを自動制御できるようになる。スマートグリッドは、フォグコンピューティングの代表的な用途になるという。

3つ目は、端末が移動することがあるということ。先の自動車の後部座席向け映画配信サービスなどがその典型例だが、移動し続ける端末に対して、途切れることなくデータを送り続けることのできる仕組みが求められるようになる。

4つ目は、端末数がかなり多いこと。IoT時代には、ありとあらゆるモノにセンサーが搭載される。その数の多さに対応できるシステムである必要がある。

5つ目は、ワイヤレス通信が中心となること。このことは、エッジコンピューティングと呼ばれていた時代には、それほど重要ではなかった。しかしフォグコンピューティングのシステムは基本的に、ワイヤレス機器に効率よく対応することが最重要課題の1つになる。

6つ目は、ストリーミングやリアルタイム性が重要なアプリケーションであること。クラウド型ではデータの送受信を効率化するために、データをある一定量集めてから一括処理する「バッチ処理」と呼ばれる手法を取るることが多い。これに対し、ストリーミングやリアルタイム処理が必要なサービス向けに、サーバーの設置方法に工夫を加えたフォグコンピューティングが今後増えてくることだろう。

7つ目は、多様性に対応できること。サーバーにアクセスしてくるのがWindowsパソコンが中心だった時代は終わった。スマートフォンに加えて、各種ウエアラブル機器、センサー機器が一斉にアクセスしてくるようになる。それに対応できる仕組みが不可欠になる。


★まずは自動車、電力、ヘルスケアで

では、フォグコンピューティングはどのような領域で利用されるようになるのだろう。シスコが2012年にまとめたレポートでは、コネクテッドビークル(IT化された自動車)、スマートグリッド、ワイヤレスセンサー、スマートシティ(IT化された自治体)、ヘルスケアなどの領域に特化したクラウドサービス、つまりフォグコンピューティングが台頭してくるだろうと予測している。

シスコが予測するフォグコンピューティングの用途の1つとして、スマート信号システムが興味深いので紹介しよう。

スマート信号は、信号付近の自転車や歩行者を察知すると同時に、遠くから近づいてくる自動車の距離や速度から信号まで到達する時間を瞬時に計算。その上で周辺の自転車、歩行者、自動車とって何色の信号を何秒間表示するのが全体にとっての最適解になるのかを計算し、その信号の色を表示する。からかじめ色を変える時間が決まっているため、歩行者がいないにもかかわらず、赤信号で自動車を止めるようなことがなくなるわけだ。交通がよりスムーズに流れることになる。

周辺の信号機とも連携をして青信号の表示を続けることで自動車の速度を高めたり、反対に制限速度を超えて走る自動車の速度を落とすために赤信号表示を増やすことも可能。信号システムのほうで自動車の動きをコントロールできるわけだ。

ではどういう企業がフォグコンピューティングのサービスを提供するようになるのだろう。クラウドコンピューティングの領域で、Amazonが自社のサーバー運営のノウハウを利用して他社向けにクラウドコンピューティングサービスを提供しているように、フォグコンピューティングの領域でもユーザーとなり得る事業者がサービス提供者側に回ることも考えられる。

シスコのレポートによると、利用者側、提供者側のどちらになるかは分からないが、電力会社、ガス会社、電話会社、自動車メーカー、自治体、鉄道会社などもフォグコンピューティングのプレーヤーになる可能性があるとしている。


Wall Street Journalの記事
Forget 'the Cloud'; 'the Fog' Is Tech's Future

シスコシステムズのレポート
Fog Computing and Its Role in the Internet of Things


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