【写真はイメージ。iWatchではありません】


いろいろなところから漏れてくる情報を総合すると、Appleが時計型ウエアラブルコンピューター「iWatch(仮)」を開発中であることはほぼ間違いなさそう。先日米カリフォルニア州で開催されたAppleの開発者向けイベントWWDCではiWatchの発表こそなかったが、iWatch発売に向けた布石ともいえそうなソフトウエアの改良点が幾つか発表された。これらの改良点からiWatchの機能が浮かび上がってくる。

さて大事なのはここから。iWatchという新しいプラットフォームに対して、どのようなアプリや使い勝手を提供すべきなのだろうか。プラットフォームが変わるときに、新しいプラットフォームに使い勝手を合わせることができるかどうかが、勝負の明暗を分ける。これはパソコンからスマートフォンへのプラットフォームの移行期に経験したことだ。

ウエアラブル時代に合ったUX(ユーザー・エクスペリエンス、ユーザー体験)とはどのようなものになるのだろうか。iWatchは10月にも発表になると、噂されている。時間はない。WWDCでの発表を手がかりに、iWatchの機能を推測し、新たなUXを模索すべき時期にきた。


★プラットフォームに合ったUXが勝負を決める

「LINEの成功の理由は何だと思いますか?」。2年前にネット業界のイベントInfinity Venture Summitのパネル討論会で、司会者からそう聞かれたLINE株式会社の森川亮会長は「スマホネイティブにしたことです」と答えた。

その答えを聞いて、司会者も他のパネラーたちも、きょとんとした顔をした。スマートフォンが普及し始めているのは、だれもが理解していた。なのでネット企業はどこも、スマホ対応のページを用意していた。パソコンからアクセスする人にはパソコン向けページが、スマホからアクセスする人にはスマホ向けページが、立ち上がる。それで十分ではないか。ネット業界の経営者の多くはそう考えていた。スマホでの表示が完璧になるようにデザインや使い勝手を徹底的にこだわることの価値を、多くのネット業界関係者はまだ分かっていなかった。

今では、スマホ向けにデザイン、UXを徹底的にこだわることの重要性を、ネットサービス事業者ならだれもが理解している。そうすることが、勝負を分けることも理解されている。

そして今、プラットフォームがスマホからウエアラブルに移行しようとしている。では、どのようなUXを設計すればいいのだろうか。


★1回1ー2秒、1日1000回が新たなUX

パソコンって1日に何回利用するだろうか。1日1,2回だろうか。その代わり1回の使用時間は2,3時間にも及ぶ。一方でスマートフォンの利用は1回に数分程度。その代わり、1日に数十回はスマホを触っている。

この傾向の延長線上にあるのなら、ウエアラブルの利用は、1回1ー2秒、1日1000回程度、になる可能性がある。

このことを念頭にウエアラブルのUXをデザインする必要があるわけだが、とりあえずまずはAppleのiWatchにどのような機能が搭載されるのか、どのようなユーザー層が利用するようになるのか、を考えなければならない。

もちろんAppleは、iWatchの機能どころか、iWatchを開発中だとも発表していない。しかし今回のWWDCで発表されたMacやiPhoneのOSの新機能の中には、iWatchとの連携を前提に開発されたのではないか、と見られるものが幾つかあった。

例えば、新しいMac向けOS「OS X Yosemite」では、iPhoneにかかってきた電話をMacで受けることができるようになる。iPhoneをカバンの中に入れてパソコンで作業しているときに電話がなっても、bluetooth経由でデータが転送されパソコンのマイクとスピーカーを使って電話に受け答えできるようになるのだという。

またInstant Hotspotと呼ばれる機能は、Macの近くにiPhoneを持ってくると自動的にwi-fiで接続され、面倒な操作をしなくてもMacでiPhoneのテザリングを利用できるようにしてくれるのだという。

こうしたデバイス間のスムーズな連携を確立することをAppleは「Continuity(連続性)」と呼び、今後さらなるContinuityの確立を目指すとしている。

iWatchをもし開発しているのであれば、iWatchもContinuityの対象になるはずだ。

というより、このiPhoneにかかってきた電話を別のデバイスで受けることができるContinuityの機能って、実はiWatchのために開発されたのではないだろうか。iWatchで電話に出ることができれば、離れたテーブルに置いたiPhoneが鳴っても慌てて駆け寄る必要はない。一方でパソコン作業中はiPhoneを近くに置いているあるだろうから、iPhoneが鳴ってもわざわざパソコンで電話を受けるニーズはそれほどなさそうに思う。


★「Continuity」機能でiWatchとの連携がスムーズに

さてこの「Continuity(連続性)」というコンセプトだが、iWatchの機能を予測する上で、大きな手助けになってくれている。

そのことを説明する前にまずは、今回のiPhoneのOSのバージョンアップで、どのような機能がiPhone上に追加されるのかを見てみよう。

まず新バージョンである「iOS8」では、「通知」に対してその場でアクションを取ることができるようになる。

iOS7でも、ロック画面に今日の予定が表示されるが、iOS8では、ロック画面上に表示された予定の部分を横にスワイプすれば、その予定に「参加する」、「しない」の選択をその場でできるようになる。「カレンダー」アプリをいちいち立ち上げる必要がない。

スクリーンショット 2014-06-17 22.30.32

また例えば音楽アプリを使用中にメッセージの着信があれば、画面の上部などに「通知」が表示されるが、iOS8では、その通知を下にドラッグするとソフトキーボードが表示され、その場でメッセージに返信できるようになる。メッセージのアプリをいちいち立ち上げる必要がない。

スクリーンショット 2014-06-17 22.31.01

サードパーティのアプリでも同じ。Facebook上の友人の投稿の通知があれば、その場で「いいね!」することも可能になる。

またiOS7でホームボタンをダブルタップすれば、最近使ったアプリの履歴が表示されるが、iOS8ではアプリに加えて、最近コミュニケーションを取った人たちの顔写真が表示される。そして顔写真をタップすれば、電話、メッセージ、テレビ電話(Facetime)がその場でできるようになる。アプリを立ち上げる必要がない。

スクリーンショット 2014-06-17 22.31.53

ホーム画面の真ん中を上にドラッグすることで現れる検索機能「スポットライト」は、iOS7ではiPhone内のアプリや情報を検索できた。ところが、iOS8になると、名所旧跡を検索すれば、ウィキペディアのエントリーやマップ上での行き方が表示される。ニュースやスポーツの試合結果も検索できるようになる。レストランも検索できる。映画を検索すれば、映画の内容とともに上映している近くの劇場まで表示してくれるようになる。

スクリーンショット 2014-06-17 22.33.14

キーボードの新技術「QuickType」は、いわゆる予想変換機能だ。非常に高度な予測変換技術で、コンテキストまで理解して提案してくれるのが特徴。例えばメッセージをやりとりしている場合、相手から「映画に行く?それとも食事に行く?」と聞かれた場合、その答えとして「映画」「食事」を変換予測候補として提案してくれる。また、やりとりする相手次第で、表現が変わる。上司とのやりとりなら、丁寧な表現が提案され、学生時代の友達とのやりとりなら、よりくだけた表現が提案されることになる。Quick Typeは、日本語キーボードにも搭載されるという。

また音声認識の「siri」はこれまでホームボタンを長押しして起動させたが、iOS8からはsiriは常に待機状態にあり「Hey, Siri」と呼びかけるだけで音声で操作が可能になる。

さてもしiWatchが発売になるのであれば、そしてContinuityが重要なコンセプトであるならば、これらのiOS8の新しい機能がそのままiWatchに搭載されることになるだろう。こうした新機能は、iPhone上でも便利な改良には違いないが、画面が小さなiWatch上だと、さらに重宝しそうな機能ばかり。

iWatchを念頭において、こうした機能が開発されたのではないだろうか。そう考えるのは、勘ぐり過ぎだろうか。


★ウィジェットがiWatchのメインコンテンツになる

iWatchのために開発されたのではないかと見られる機能の極めつけは、ウィジェット(ミニアプリ)だ。

iOS8からサードパーティが開発したウィジェットを「今日」の画面に表示できるようになる。

「今日」画面は、iPhoneの画面を上部から下に向かって引っ張っていくと表示される画面で、今日のスケジュールや天気、株価、リマインダーなど、ユーザーにとって重要と思われる情報が表示される。そこにサードパーティが開発したアプリに関係する情報をウィジェットを通じて表示できるようになるわけだ。

例えば「スポーツセンター」という名前のアプリをダウンロードしたとしよう。スポーツの試合結果を表示してくれるアプリだ。このアプリには通知ウィジェットが付随していて、「今日」画面にウィジェットを設置すれば、自分の応援するチームの試合速報を「今日」画面に表示できるようになる。

スクリーンショット 2014-06-17 23.26.25

またオークション大手の「eBay」のウィジェットは、自分が入札しているオークションの最新情報を「今日」画面上に表示してくれる。もし誰かが自分の入札額よりも高値で入札していることが分かれば、アプリを立ち上げなくても、「今日」画面のeBayのウィジェット上で、さらなる高値を入札することが可能だ。

iWatchのUXが、「1回1ー2秒、1日約1000回」というものになるのであれば、この「今日」の情報こそがiWatchに最適のコンテンツになるのではないかと思う。そしてAppleがContinuityの考え方を推進するのであれば、「今日」のウィジェットがそのままiWatchでも利用できるようになるのだと思う。その「今日」の画面にサードパーティがウィジェットを提供できるようになる。つまりiWatchに対し、サードパーティがウィジェットを提供できるようになるわけだ。

Appleは間違いなくiWatchを念頭に置いて、サードパーティによるウィジェットの開発を認めたのだと思う。というのは、今からサードパーティがiPhone向けにウィジェットの開発を進めれば、今秋には十分の数のウィジェットが出揃っているはず。iPhone向けのウィジェットの数は、そのままiWatch向けのウィジェットの数になる。

先行発売された競合他社の時計型ウエアラブルは、利用できるサードパーティ製アプリが少ないことが大きな問題の1つとして指摘されている。それに対しiWatchは、iPhone向けウィジェットの開発を認めたことでiWatchの今秋の発売時には既に多くのサードパーティのウィジェットがiWatch向けにも揃っているはず。非常にクレバーな戦略だと思う。


★だれのためにどんなUXを提供するのか

さてウィジェットを開発するに当たり、iWatchユーザーがどのような層になるのかを想定する必要がある。

UBS証券は、iWatchが10月に300ドルで発売になると予測している。販売台数は2015年には2100万台、2016年には3600万台になるとしている。ちなみは2013年にAppleは、iPhoneを1億5000万台、iPadを7100万台、iPodを2600万台販売している。つまりUBS証券は、iPhoneユーザーの1割から2割程度がiWatchを購入すると考えているようだ。

まずは新しいモノ好き、情報感度の高いビジネスマンがiWatchを購入することだろう。またAppleはiWatchに健康データに関するセンサーを搭載すると言われている。もしそうであるのなら、健康志向のユーザーの購入も期待できるだろう。

また今回のWWDCでAppleが新CEOのもと大きく変化したことが確認できた。詳しくは別の記事で書きたいと思うが、Jobs氏のDNAを受け継ぎながらも、よりオープンで動きの速い会社に生まれ変わっている。

そう考えれば、iWatchに加えて、時計型ウエアラブルの開発をサードパーティにも認めるかもしれない。来年以降は、女性向けスマートウォッチ、学生向けスマートウォッチなどもサードパーティから登場するかもしれない。

1回1ー2秒、1日約1000回のUXにぴったりなコンテンツやサービスって何だろう。ここからが知恵比べだ。



BLOGOSメルマガ「湯川鶴章 ITの次に見える未来」の最新号の無料版の記事です。有料版の記事は「iWatch 最大の追い風は『スマホ、ダサい』という価値観変化」、「普及が難しかった電子カルテがiPhoneで普及する?」「iWatchが10月に発表になるとみられる理由など、iWatch関連の報道まとめ」です。詳しくはこちら

最後に、Appleの新しいテレビ広告は、Appleがウエアラブル時代に入る準備をしていることを示している。ウエアラブル時代はどんなことができるようになるのか、イメージしやすい動画になっている。
広告に出てくるセンサーのリストは以下の通り。
Wahoo Fitness Blue SC Speed/Cadence Sensor, Withings Health Mate, Zepp Golf Sensor, Misfit Shine and Adidas miCoach Smart Ball.