人工知能の進化が加速し始めた。特に人工知能による自然言語の理解が進むもようで、カーネギーメロン大学のTome Michell氏はニューヨーク・タイムズの取材に対し「コンピューターはこれまで人間の言語をほとんど理解できなかったが、この10年でかなり理解できるようになるだろう」と語っている。急速な変化は、チャンスでもあり脅威でもある。だれがチャンスをつかみ、だれが時代の波に飲み込まれるのだろうか。チャンスをつかむポイントは何なのだろう。


▶データが増えれば増えるほど性能が向上

人工知能が進化し始めたと書くと、人間の脳の仕組みそっくりにコンピューターを組み立てることができるようになった、と勘違いされるかもしれない。いや現時点ではそんなことはできない。

米国の著名なコンピューター研究者のJaron Lanier氏は言う。「われわれはまるで人工の脳を作り出したかのように語るけれど、ある意味ウソをついている。人間の脳のこと自体、まだほとんど分かっていないのに、それを真似た人工の脳など作れるわけはないんだ」。Lanier氏によると、今日の人工知能の多くは、人間の脳が生み出した情報を集めてきてそれを検索するコンピューターでしかない。

ただ膨大な情報を集めて処理し、的確に検索できるようになってきた。なのでその検索結果だけ見れば、まるでコンピューターが自ら情報を考えついたかのように、的確な情報がはじき出されるようになってきている。

例えばGoogle検索でキーワードのスペルや漢字表記を間違うと「もしかして」と正しい表記を聞き直してくる。これは利用者が増えてきたことで、どのような入力間違いが多いのかというデータが蓄積されてきたからこそ可能になった機能だ。

利用が増えることで、入力間違いも増える。ありとあらゆる間違いが記録され、その中でどのような間違いが最も多いのかも分かってくる。もしよくあるミススペルや誤字が検索窓に入力されれば、Google検索エンジンのほうで「もしかして」と聞き直してくれる。そういう仕組みだ。

データ量が増えたことで可能になった「もしかして」の機能が、音声認識技術にも応用されている。ほんの数年前まで、ほとんど使いモノにならなかった音声認識技術がこのところ急に性能を上げているのは、マイクの精度が上がったからではない。利用者が増えたからだ。スマホに向かって音声で入力する人が増えてきて、少々なまりがあっても、アクセントがおかしくても、過去データの中から同様のなまり、アクセントの音声に関する結果を探し出し、それと照らし合わせて「もしかして」と、推測できるようになってきたからだ。

「もしかして相手はこう言おうとしているのではないだろうか」。そう推測することが、人間同士のコミュニケーションの成立の条件である。大量のデータを集めることで、人間の脳のような働きがコンピューターでも可能になってきたわけだ。

そこで大事なのは、大量のデータである。大量の情報である。


▶人工知能が力を発揮する領域

ただ当然ながら、人工知能と呼べるほど推測力を実現するには、情報は大量に記憶しておかなければならない。また情報はデジタル化されてなければ処理できない。逆に言えば、デジタル情報が爆発的に増えてきている領域、業界を探せば、人工知能が次に活躍するであろう次の舞台が見えてくる。

例えば法律の領域がそうだ。米国の裁判制度には、ディスカバリーと呼ばれる証拠開示に関する制度がある。特許争いなど企業対企業の訴訟では、相手企業の内部資料に対して必要と思われるものを開示するよう請求できる制度だ。ただ膨大な内部資料をくまなく探すのは、時間と労力を必要とする。これまでは大型訴訟になると、セミナールームに弁護士数十人を集めて、何日もかけて文書に目を通す、というような作業が行われていたらしい。

ところが米国企業の内部資料の多くは、電子メール、ワード文書、スプレッドシートなど、ほとんどすべてが既にデジタル化されている。そこでそれを検索するeDiscoveryと呼ばれるプログラムが登場している。このプログラムのおかげで、弁護士の仕事が激減するのではないかと言われている。

一方、医療の領域でも情報が爆発的に増加中だ。特に癌の治療法に関しては新しい知見が次々と発見されていて、膨大な数の論文が公開されている。採取可能なデータも増えてきた。遺伝子検査も値段が低下し、一般的に利用できるようになってきている。

そこで米Sloan-Kettering記念癌センター(Memorial Sloan-Kettering Cancer Center)では、IBMの人工知能Watsonに医療情報を処理させる考えだ。具体的には、60万件の医療エビデンス、150万人の患者記録、200万ページ分の医療論文を記憶させ、それと患者の個人的症状、遺伝子情報、家族及び本人の病歴などのデータを照し合わせて診断し、一人ひとりに最適の治療方法を提案する仕組みを開発中だ。

シリコンバレーの著名投資家 Vinod Khosla氏は「今後20年間ぐらいは人工知能の改良のために医師の力を借りなければならないだろうが、最終的には平均的な能力の医師は不要。医療の90%から99%は医師の診断よりも、優れていて安価な方法で対応できるようになる」と予測している。

そしてスマートフォンとスマートウォッチの普及は、音声データの爆発的な増加を意味する。音声認識はその性能をますます向上させるだろう。長い間使いものにならなかった自動翻訳、通訳の技術も、今後10年で見違えるほど性能を向上させるかもしれない。Khosla氏は「(iPhoneに搭載されている音声認識技術の)Siriは、現状ではまだ3歳児程度の受け答えしかできないが、年々精度は向上し続けている」と今後に期待している。

インターネットが国境をなくす、異文化の交流が進む。そう言われて久しいが、実際には言語が壁となって、国境を超えたつながりは、まだそれほど深まってはいない。しかし、自動翻訳、通訳が、まずは日常会話のレベルから、使えるものになっていく。そのとき世界はどのように変わるのだろうか。


▶人工知能を進化させるのはビジネス

既にデジタル情報の爆発的増加が見込まれる領域は、今後人工知能が業界勢力図を塗り替えていくことになるだろう。

ではデジタル情報がなかなか集まらない領域はどうすればいいのだろうか。そのアイデアを思いついた企業に大きなチャンスが訪れる。

雪だるまは坂の上まで押していけば、あとは坂を転げ落ちていくだけど大きくなる。デジタル情報も同じで、人工知能が価値あるサービスを提供するようになれば、さらなる情報が利用者から自然と集まり出す。情報が集まれば集まるほど、サービスの価値が向上する。その好循環に入れば、その領域のデファクトスタンダードになれる。まずは人工知能が価値あるサービスを提供できるようになるまで、情報を力技で集めなければならないだろう。

モスクワに本社を置くGero Lab(ゲロ・ラボ)社は、健康管理の領域でデファクトスタンダードを狙っているベンチャーだ。同社によると、身体のどこかの器官に問題が発生したら、脳はその問題に対処するためにほかの器官に命令を出し、ほかの器官が協力し合って問題ある器官のサポートに回る。その状態が、心拍数、体温などの健康データに如実に現れるのだという。同社が開発した特定のアルゴリズム(計算式)を使ってユーザーの健康データを解析すれば、自覚症状が現れる前に病気の兆しをつかむことができるとしている。

FitBitやJawBoneなどのウエアラブル機器、もしくはiPhoneの歩数計などを使って健康データを同社に送ると、このアルゴリズムに基いて、病気になる前にその危険性を知らせてくれたり、予防のためのアドバイスをもらえる。そうすることで集めたユーザーの健康データを使ってアルゴリズムの精度はさらに向上する。そういう仕組みになっているという。

同社がこの領域でデファクトスタンダードを取れるかどうかはまだ分からないが、これからデータ急増が見込まれる領域に狙いを定めてコンピューターによる解析を駆使しようとする戦略は評価できる。

ほかにはどのような領域でデータの爆発的増加が見込まれるのだろうか。そのデータを1ヶ所に集めることができるビジネスモデルってどのようなものになるのだろう。

人工知能の進化はビジネスモデル次第。それぞれの業界での覇権をかけたビジネスの争いが、今後激化するのは間違いなさそうだ。





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・「人工知能x〇〇」米の著名ベンチャーキャピタリストが考えるチャンスの方程式
・膨大な裁判資料の検索も人工知能で
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