マインドフルネスについて調べている。きっかけはGoogleが社内でマインドフルネスを使ったトレーニングプログラムを採用したところ、ものすごい人気となった、というニュース。

マインドフルネスとは、瞑想やヨガなどを通じて、心を穏やかにしたり、発想力を高める手法。もともとは禅の考え方をベースにしているが、マインドフルネス自体に宗教色は一切なく、科学的手法として脳科学や心理学の研究者からも高く評価されるようになってきている。

僕自身はテクノロジーの未来を予測するのが仕事なんだけど、2つの理由から、マインドフルネスのような一見テクノロジーとは真逆に見えるような心の領域に関する研究が、テクノロジーや社会に大きな影響を与えるようになるだろうと考えている。

1つ目の理由は、社会がより複雑化して、心の病を抱える人が増えると思われるから。事象に左右されずに自分の本質にそって生きていくには、マインドフルネスのような手法が有効になってくるだろうと考えている。

もう1つの理由は、多くの人が考えている以上にロボットや人工知能が急速に進化し始めたから。今後20年で米国の仕事の40%がロボットや人工知能によって奪われることになる、という予測がある。奪われる仕事は、単純労働だけではない。医療や法律などといった知識産業の職種の一部も不要になると見られている。ものすごく大きな社会変化が目前に迫っているわけだ。そんな中で人間の役割りは、発想力、クリエイティビティになっていくのだと思う。そうした発想力、クリエイティビティを高めるためにも、マインドフルネスのような手法が重要になるのだと思う。


▶ドラッカーの大学で禅?

さて前置きはこの程度にして、こう考えている僕が「我が意を得たり」と感動した話を、マインドフルネスの領域で有名な米クレアモント大学院大学ドラッカースクール准教授のJeremy Hunter氏がしていたので、紹介したい。

クレアモント大学院大学とは、日本人が大好きな経営学の権威、ピーター・ドラッカー氏が教鞭を取っていた大学である。その大学の中でもドラッカー氏の名前を受け継いだ学部で、禅をベースにしたマインドフルネスが研究され、経営者を目指す米国のエリートたちが学んでいるわけだ。

僕が感銘を受けた話とは、Hunter准教授がつい先日、母校のWittenberg大学の入学式で行ったもの。これから自分自身の人生を歩んでいこうとする若者に向けて語ったものだ。全文を訳したいところだが長くなるので、ポイントだけを解説を交えて抄訳していくことにする。

Hunter氏は若いころ生存率10%の難病にかかった。スピーチの中で同氏は、具体的な病名を明らかにしていない。どうやら腎臓障害に関する病気らしい。いつまで生きられるのか分からない。なので同氏は「これからは自分がすべきことだけをしよう」と心に決めたのだという。自分が興味をひかれること、自分がワクワクすること、意味のあることだけをして、それ以外のことで自分の人生を無駄にしないでおこう、と決めたのだという。

そんなとき禅の本を読んだ。The Three Pillars of Zen(禅の3本柱)という本で、禅を米国に最初に紹介した本だといわれている。Hunter氏は、日本人を母親に持つハーフで、そういう背景もあって禅の本に手を伸ばしたのかもしれない。この本は、死の恐怖に悩まされていたHunter氏に一筋の光明となった。

「禅は侍の宗教。侍が死と直面する中で、その恐怖に人生を牛耳られることなく、今この瞬間を大切に生きるための心の訓練の仕方を説いている」。「その本を何度も何度も読んだ。自分の人生の指針になった。そしておもしろいことに、この指針が私のキャリアになった。今、企業の経営者に対して、どうすれば不安や恐怖、怒りに対処すべきかということを教えているが、この本で学んだことがベースになっている」。

自分の心の声に忠実に生きようとしたHunter氏。心の声を追いかけていけば、思いもよらない方向に人生が開けていく。Hunter氏自身もそうだった。「何にワクワクするのか。何に興味を持つのか。お金を稼げなくてもいいので、したいことって何なのか。それが分かれば、それが君の人生になる」。


▶大過ない人生だけがすべてじゃない

Hunter氏は、人生には2つの道があると言う。1つは、「守りと生存」。人生の荒波にできるだけもまれたくない。なので、しっかりと人生の計画を立てる。何歳までに大学を出て、就職し、何歳までに結婚し、何歳までに子供を持つ。「この生き方が悪いわけじゃない」。しっかりとスキルを身につけ、生計を立てて生きることは重要なことだし、そのために計画をたてることは必要なことだ。「だけど、これが人生のすべてじゃないんだ」。

そして人生のもう1つの道は「成長、拡大、創造」だとHunter氏は言う。

「われわれは生活を守ることばかりに気をとられて、自分の人生を思い通りに生きることを忘れがちだ」。「どれだけ裕福になっても、守りと生存だけを追い続けていれば、心は決して豊かにはならない」。

「私の友人の一人は、物質的に豊かでも精神的に貧しい自分自身の状況がとことん嫌になった。そこで、理想の自分の姿を想像するという訓練を始めてはどうだろう、と教えてあげた」。自分の理想の姿と言っても、社会的地位や貯金の額を想像するのではない。理想の自分は、毎日どんな風に感じ、どんな風に生きているのかを想像するという訓練だ。マインドフルネスの訓練の1つの方法だ。その友人は毎日が愛にあふれ、仕事が楽しく、社会に役立っている自分の姿を想像することにしたという。

それから仕事で判断に迷うことがあったとき、彼は「未来の理想の自分ならどうするだろう」と考えるようにした。未来の理想の自分にいろいろと質問してみた。すると不思議なことに未来の自分は的確な答えを返してくれた。常に正しい答えを持っていたという。その友人はHunter氏に「理想の自分になるには20年はかかるかと思っていたのに、訓練を始めてから6年後に理想の自分になっていたよ」と語ったという。

「理想の自分ってなんだろう。金持ちになるとか、有名になるとかではなく、理想の心の状態ってなんだろう。愛されることか、わくわくすることか、楽しいことか、満足することか。そこをしっかりと考えることが大事」。「これは通常の人生設計とは対照的だ。いい大学を出て、いい業界のいい会社に入り、結婚をして、海外に赴任し、定年を迎えて豊かな老後を迎える。人生をこんなふうに設計する人が多い」。「こうした設計は、恐れから自分を守るために作ったもの。この人生設計通りに生きていけば、本当の自分が何なのかを知らないまま生きていくことになる。しかしそのことに気づいて、自分の心を開けば、人生も大きく開けてくる」。

ただ安全に生きるための「生存」の人生を選ぶのか。少々波風を受けてもいいから「成長」の人生を歩むのか。

「生存か成長か。実は、われわれは生存本能のほうが強いようにできている」。何も考えないで生きていると、「生存」、「守り」のほうを自然に選ぶようにできているらしい。ただ「生存本能のスイッチが入ると、視野が狭まる。創造力がなくなる。人とつながれなくなる」。ただ生きているだけの人生。人生の醍醐味を味わえない人生になる。「放っておくと勝手に生存本能のスイッチが入るので、意識的に成長スイッチに切り替えなければならない」とHunter氏は言う。


▶身の回りの小さな幸せに意識を向ける

しかし「成長」の人生を選ぶと、人生の波風をまともに受けることになる。いや、「生存」の人生を選んだ人でも、ときに波風を受けることもある。その波風にどう立ち向かえばいいのだろうか。

実はHunter氏自身がこの波風を受けながら生きている。生存率10%の戦いはまだ続いている。

「2008年に友人の医師が腎臓障害の症状のリストを見せてくれた。ほとんどが私の症状に当てはまった。いよいよ自分の死ぬ時が近づいてきたのだと思った」。ものすごい恐怖が襲ってきた。絶望的になりかけた。そのときHunter氏は、絶望のふちに落ち込まないように、何かをしなければならないと思った。そこで自分で自分を訓練する方法を作成した。それは、今自分の人生で何がうまくいってるのかを見つけるという方法だった。毎日、自分の人生で存在自体がありがたいものを10個見つけてノートに書いていく、という作業だ。それを3週間続けた。既にノートに書いたものを、再度書いてはいけないというルールだ。

「最初は、家があること、iPhoneを持ってること、とか分かりやすいものを見つけていたが、やがて新しく見つけるのが大変になってきた。なので、別のところに意識を向けなければならなくなる。それで太陽の光や、水、などにも意識を向け始めた」。

これは「今ここに意識を向ける」というマインドフルネスの手法の1つだが、Hunter氏はこの作業を授業の中で生徒たちにさせているという。

ある生徒は、ベランダにたまたまやってきた蜘蛛をしげしげと見て、「蜘蛛は形にしろ動き方にしろなんて興味深い存在なんだろう」と思ったのだという。以前なら蜘蛛などに意識を向けたこともなかった。自分の人生にとって、重要じゃないものには、意識が向かないようになっているからだ。青い空、白い雲、風に揺れる木々、息を飲むように美しい花々。意識さえ向ければ、身の周りは自然の驚くべき美しさにあふれている。

この作業をすることで、これまで「人生でうまく行かないこと」に集中していた意識が、「人生でうまくいってること、ありがたいこと、すばらしいこと」に向き始める。この作業で「悪い思考に牛耳られた自分」から一歩外に出ることができるのだと言う。

Hunter氏が、自分自身にこの作業を課してから1ヶ月半たったときのこと。車で病院に向かっていた。快晴の気持ちのいい日で、「すごくいい日だな」と思ったのだという。「そこで頭の中の何かが変化した。何か新しい水路が開けたような感じだった。自分は死ぬかもしれない。でもまあいいじゃないか。だいじょうぶ。だって人はいつかは死ぬ」。心からそう思えるようになったのだという。

そして結果的にも、本当にだいじょうぶだった。24人の生徒が臓器提供を申し出てくれ、無事手術は成功した。

これはハッピーエンドなんだが、「成長」の人生が常にハッピーだとは限らない。成長しようとすると、過去の自分と決別しなければならない。過去の自分と決別すれば、すぐに次の自分に乗り移れるわけじゃない。次に何をすべきか分からない時期、新しい領域でまったく成果を出せない時期が続く。かなり長く続く。

「この先の見えない時期がつらい。すごく心地悪い。すごく不安」。成長を選んだ多くの人がこの時期に苦しみ、あえぐ。「でもそういうもんなんだ。みんなそうなんだ。次の自分をすぐに見つけられなくて、あえぎ苦しむもんなんだ」。そんなときに「生存・守り」の道が目の前にぶらさがって見えてくる。そこで安易にその道を選んでしまえば、もとの自分に戻るだけ。苦しくても、次のステージを目指したものだけが、次の成長した自分にたどりつけるのだという。


▶壊れた世界を救う新しい仕組みを作るのが君たちの仕事

Hunter氏のスピーチは、最後に若者に向けた次のようなメッセージを送っている。

「もし18歳の息子が人生をどう生きるべきか聞いてきたらどう答えるか、考えてみた。私の答えはこうだ。世界は壊れようとしている。環境は破壊され異常気象がさらに悪化し、政府はあまりうまく機能しておらず、経済は破綻しそうだ。新しい仕組みを作らないといけない。古いやり方が機能しないのは、だれの目にも明らか。しかし新しい仕組みを作ることは非常に怖い」。

「君たちの世代の仕事は、この新しい仕組みを作り出すことだ。いままでのような『普通の人生』を送れると思わないほうがいい。なぜならわれわれは『普通の世界』にもはや住んでいないのだから」。

「米国の競合は、中国やインドからくるのではない。われわれの競合はロボットになっていく。あと数年から10年もすれば、人工知能が知識階級の仕事を奪っていく。これまでは技術がブルーカラー労働者の仕事を奪ったが、これからは君たちのような知識階級の仕事を奪っていくことになる」。

「なのでロボットにできないことをしていかなければならない。それは、新しいものを創造し、イノベーションを起こし、問題を解決することだ。そのためには、多くの人が見逃すであろう目の前の世界を注意深く見なければならない。」。今ここに意識を向ける。マインドフルネスの真髄だ。

またHunter氏は、大学在学中にすべき具体的なアドバイスも与えている。「イノベーションとクリエイティビティは、異なる領域が融合する領域から生まれる。私の場合は、東洋の文化、心理学、経営学の3つの異なる領域が重なる部分を自分の専門領域にした」。「みなさんも、常識的にはありえない2つ以上の領域をあわせてみればといいと思う。商学部の人は劇団を考えてみてはどうか。経営者はつねにステージに立っている。多くの人が見守る中で自分自身を忠実に表現していかなければならない。劇団で学ぶことは将来、経営に携わるようになってとききっと役に立つはず」。「理系の人は、芸術を学んではどうだろう。シカゴのノースウエスタン大学のエンジニアリング学部は、芸術を学ばなければならないようになっている」。テクノロジーとアートの融合領域こそが、今後重要になっていくからだ。

「そして世界に出ることを強く薦めたい。私はヨーロッパに1ヶ月、日本に1年住んだことがある。その際の時間と労力の投資が、どれほど多くの結果を生んだか」。「米国の白人の4分の3の人は、白人以外の友人を持っていないという統計がある。ひどい話だ。リーダーは、自分と違うタイプの人を理解できなければならない」。「自分とは違う常識の中に入っていくことは心地よい経験じゃない。でもリーダーは、それができなければならないんだ」。

またHunter氏は「人生で1日も仕事をしないような生き方を目指すべきだ」と言う。楽しくて仕方がない仕事。自分を成長させてくれる仕事。やっていて仕事と感じないような仕事。そんな仕事をする人生を目指すべきだと、Hunter氏は言うわけだ。

しかしそんな生き方をしていても、楽しくてためになる時期がいつまでも続くわけじゃない」。大変な時期もやってくる。「でも大変な時期は、前に進むエネルギーをくれる」。

「君たちは今、大きな冒険の入り口に立っている。ある意味、うらやましいぐらいだ」。「もっと大胆に、勇気を持って、前に向かって進みつづけてください」。

ね、いい話でしょ。

この「壊れかけた世界を救う新しい仕組み」が今の僕の最大の関心事。この「新しい仕組み」のベースになるのが、テクノロジーでありマインドフルネスのような精神性だと思う。

テクノロジーxマインドフルネス=近未来社会の新しい仕組み。この新しい仕組みがどのように形成されていくのか。その胎動をいち早くつかみ、世の中に伝えていくのが自分の仕事だと考えている。







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・「マインドフルネス」がこれからのキーワードに
・「今ここ」に集中することは幸福につながる ハーバード大が研究結果発表
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