巨人の前を歩くな。ベンチャー企業の経営者の友人たちと、そういう話をよくする。Apple、Googleといった世界のIT大手が次にどの方向に進もうとしているのか。それを見極めないと、大手が同じ領域に進出してきた時点で、簡単につぶされてしまう。

巨人が来そうもない領域に進むか、巨人の肩に乗るか。ベンチャー企業には、それが妥当な戦略だと思う。

巨人の前を歩くと踏み潰されるのは、ベンチャー企業だけではない。老舗企業でも踏み潰される可能性がある。自分の業界で勝ち続けてきたことで自分の能力を過信し、十分に情報収集しなくなれば、踏み潰される可能性は増す。

今、米国で起こっている電子決済をめぐるAppleと大手小売チェーンのいざこざも、小売大手の自己過信と情報不足が原因なのではないだろうか。


▶情報不足と自己過信

Appleの電子決済システム「Apple Pay」は、iPhoneのホームボタンに指を置いた状態で店頭のリーダー端末に触れると、一瞬でクレジットカード決済が可能になるシステム。日本の電子マネーに指紋認証を追加したような仕組みだ。

一方で対抗する電子決済システム「CurrentC」は、専用アプリでQRコードを表示し、店頭のリーダーにかざす仕組み。

この2つの仕組みの対立が今、米国で取りざたされている。CurrentCの利用規約で他の電子決済システムの併用が禁止されているからだ。つまりCurrentCのリーダーを設置する店舗では、Apple Payを利用できないことになる。

CurrentCは、デパート大手のWalmart、電化製品量販店大手のBest Buy、アパレル大手のGapなどが参加するMCXと呼ばれる業界団体が開発した電子決済技術。

なぜMCXは、自分たちで電子決済システムを開発しようとしたのだろうか。

恐らく理由は2つ。1つは、CurrentCは消費者の銀行口座が代金を引き落とす仕組みなので、クレジットカード会社に決済手数料を支払わなくてすむから。2つ目は、消費者の購買履歴という、マーケッターなら喉から手が出るほど欲しいデータも、入手できるからだろう。

先行するGoogleの決済システムは思ったほど普及していないし、自分たちでも独自の決済システムを開発、普及できるんじゃないか。そう思ったのかもしれない。

確かにAppleは、開発計画を明らかにしないので、今後どのようなシステムを世に出してくるのか分かりづらい。しかしAppleがNFCや電子決済に関する特許を数多く取得していることは報じられていたし、Appleがいずれ電子決済に乗り出してくることは、火を見るより明らかだったはず。

にも関わらず、対抗技術を独自に開発し、しかもメンバー企業に競合する技術の利用を禁止するという愚行に出た。情報不足と自己過信と見られても仕方がない。


▶Apple Pay使っても「罰金なし」と明言

この記事を書いている最中に、MCXのCEOが記者会見を開いたというニュースが入ってきた。米TechCrunchによると、MCXは今後、QRコードではなくApple PayのようなNFC(非接触ICカード)技術に移行する可能性もあるという。また会員店舗がCurrentC以外の決済システムを採用しても「罰金は課すことはない」とMCXのCEOが明言した、としている。

お客様は神様。店頭でApple Payの利用を希望する買い物客が増えれば、会員店舗は次々とApple Payのリーダーを設置し始めることだろう。

巨人の前を歩こうとしたために、無駄な開発費用をかけてしまったわけだ。

デジタル技術の津波は、ネット業界の枠を超えて他の業界にまで及ぼうとしている。日本国内でもいろいろな領域で壮大なプラットフォームを開発するという計画があちらこちらから聞こえてくる。これからいろいろな業界で、情報不足と自己過信が原因の、同様のいざこざが起こるのだと思う。

巨人に挑むな、と言っているわけではない。大きなことに挑戦することはすばらしい。しかし大きなことに挑戦して成功する人は、必ず神経質なほど細部にこだわる。そして時の運をも味方にする強運を持っている。余計な見栄やプライドを手放さない限り、運は味方してくれない。

情報も持たず十分な準備もせずに大きなターゲットを狙うのは、単に無謀なだけである。



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