人類の未来を形作るのが技術と心であるという思いから、最近米国で注目が集まっている「マインドフルネス」について調べている。仏教の「正念」という在り方を、一般大衆にも身近にしたマインドフルネスのプログラムにはいろいろな取組みがあるのだが、中でも米Google本社で開発されたマインドフルネスプログラム「Search Inside Yourself (SIY)」が話題だ。主に瞑想で心を整えようというワークショップなのだが、あまりに好評だったので社外向けにも同様のプログラムを提供するために、世界中から講師候補を選抜し養成し始めたのだという。その講師養成プログラムに日本人がいるということで、話を聞かせてもらうことにした。

 講師候補第一期生となる清水ハン栄治さんは、サン・マイクロシステムズ、リクルートなどを経て、独立。ポジティブ心理学やマインドフルネスを研究し、幸福学の観点でドキュメンタリー映画、TV番組の制作をしている。



ーー清水さんはなぜマインドフルネスや瞑想に興味を持ったんですか?

清水 日本が物質的に豊かになったからだと思うんですが、現代社会の中で、海外旅行にしても高級レストランにしても、それほど目新しさがなくなってきたと思うんです。ちょっと貯金して奮発すれば、先人達が夢に見たことが比較的簡単に実現できる。

 皮肉なもので、その弊害で、我々のワクワクする能力が鈍感になってきた。僕自身、自分の外側から刺激を探すよりも、内側を観ていくほうがエキサイティングだなって思うようになったんです。

ーー今は、バリ島にお住まいなんですよね。どうしてですか?

清水 自分の内側に入っていくのに、バリ島ってすごく入って行きやすい雰囲気があるんですよ。バリに戻ると、気持ちがスーと落ち着くんです。神々が住む島と言われるだけのことはあります(笑)。

例えるならば、JR原宿駅で下車して、竹下通りで色々な店頭陳列を見て歩いて、明治通りと表参道で人ごみの中を折り返して来て、仮装した若いゴスロリの人達に代々木公園前で遭遇して、なんだか気がしっちゃかめっちゃかになった後で、明治神宮に一足踏み入る。

 すると急にココロがシュッと整うあの感覚。

 表現しにくいけど、存在を否定出来ないあの空間、それのもっと強烈なのがバリ島にはあるんです。 あれ、マインドフルネスそもそもの説明みたいになっちゃいました。

 それとは別に、僕らが子供の時に夢見た21世紀って、これまでとはまったく別の働き方が可能だと思うんです。テクノロジーと格安航空券(僕の場合)のおかげで、好きな場所に住んで好きな仕事がよりしやすい環境になってきた。そこで既に東京でノマド的に働いていた5年前に試しに旅行でバリ島に行ったときに実行をしてみたんです。そしたら、あれあれ無線LANもそこそこ早いし、全然仕事ができちゃった。その上、変な通勤とかのストレスも無いから、心にゆとりが出来てクリエイティブなアイデアが東京にいるより全然出て来る。

 それなら継続しない手はないよね、って思ったんです。

 ノマド的に従来のオフィス環境から解放されて翼を得たのに、それで東京って言う巣というか籠だけに留まる必要も無いな、って。

ーーじゃあ、あんまり苦悩の結果、瞑想にたどり着いたという形じゃないんですね。

清水 いや、実は苦悩という程では無いですが、かなり迷って試行錯誤した結果、今に至っているという感じです。

 確かに人から見れば、それまで幸せそうな生活を送ってきたと思うんですよね。大企業に勤めて、良い給料もらって、周りからチヤホヤされて。でも心の中はそれほど幸福でもなかったんです。一度、通勤中に、電車の中で疲れた中年サラリーマンがバランスを崩して寄りかかってきたことがありました。そのとき「このクソオヤジ!」って心の中でゲキ切れしている自分がいたんです。こんな些細なことで、どうして自分は怒ってるだろうって驚きました。最悪な奴ですよね。自分の心に余裕がない。「子供の時に、こんな大人になりたかったのか」って、まるで冷水を顔にくらったような気分になりました。

ーー瞑想やマインドフルネスはそうした余裕のなさを癒してくれるわけですね。

清水 そうですね。心を本来在るべき穏やかで健やかな状態に戻すテクニックというか。

 人を苦しめているものの多くは、外的要因はそのきっかけとなるだけで、自分自身の思考が葛藤を生み出しているというのがマインドフルネスの考え方です。止めどなく動きまわる思考、記憶、情動の連鎖で、多くの人は自分の安定した心の定位置から漂流し、苦しみもがくのだと思います。

 でもその連鎖自体が悪いというわけじゃないんです。思考することで立派な社会人として色々なことの段取りを立てられたり、企画をしたり、それは社会を発展させる為に必須なものだと思います。 

 ただ思考がとてもパワフルになってきた。まるで電動ノコギリを持っているようなもんなんです。電動ノコギリは、とても便利な道具なんだけど、使い方を間違って自分に向ければ大怪我をしてしまう。

 瞑想やマインドフルネスは、電動ノコギリのスイッチを切ったり、使う場所を見極めて使うようにする心のトレーニングなんです。  また仕事に集中できて、のめり込み、時間が経つのも忘れ、とても気持ちがよくて、しかも結果も出せるときがあるじゃないですか。心理学でフローと呼ばれる状態。そうしたフロー状態に入りやすくするという目的も、マインドフルネスにはあります。

ーーGoogleのマインドフルネスの講師養成プログラムを受講されてどうですか?大変ですか?

清水 今年1年間で4回、シリコンバレーに授業を受けに行っています。あと1回、12月に行って、そこで修了証書をもらうことになってます。年に4回も行かなければならないので、大変と言えば大変ですね。

 でも講師陣が、大脳生理学のトップクラスの研究者であったり、仏教の高僧であったり、非常に面白いんです。

ーー1期生て何人ぐらいいるんですか?審査とかありました。

清水 35人です。ビデオ面接も含めて審査は厳しかったです。何人の応募があったのかは知りませんが、世界中から選びぬかれた人ばかりで、そうした人とつながりを持てたことが大きな財産になってますね。これまでの活動が認められて、私はなぜか特待生となって奨学金を頂いているので、二重で有り難いです。

ーービデオ面接もあるんですね。審査基準はどういうところになるんですか?

清水 英語で「presence」というのが審査基準だそうです。

ーーpresenceと言えば「存在感」とか「重厚な人間性」というような意味でしょうか?

清水 そうですね。いくらその人がマインドフルネスに対して詳しく知っていても、その人から健やかさや暖かさが滲み出るような「人となり」がなければ、だれもその人から学びたいとは思わないですものね。

 マインドフルネスはこうですよ、と説明しながらイライラしてたり、パニクってたりしてたら皮肉ですよね。

 僕は未だ未だ修行の身ですが(笑)。

ーーマインドフルネスって、禅や仏教から由来しているじゃないですか。禅の瞑想に比べれば、深みがないと批判されることとかないですか?

清水 懸念される方はいらっしゃいます。ただ、マインドフルネスは仏教の教えを軽薄にしたバージョンとか、対抗軸とかであるわけじゃないんです。ビジネスで実践されているマインドフルネスは宗教性を出来るだけ排除しているので、欧米企業などでも安心して導入されているメリットがあります。それがきっかけとなってマインドフルネスを体験した人が、禅を極めたいって思うかもしれません。そういう人は、禅を勉強すればいいと思います。SIYはその入り口の役割りを果たすんじゃないでしょうか。

 また実際に僕は日本の若いお坊さんたちと、日本における新しい仏教のあり方を模索するプロジェクトに参加しています。在家さんやビジネスマンだけでなく、広く一般の人達にもマインドフルネスの効能を知って欲しい。そしてもっと幸せになってほしい。お寺ってすばらしい社会インフラで、地域活性化のハブになり得ると思うんですよ。

 そうしたことを通じて、心の豊かさで日本が世界のロールモデルになっていけばいいのにって思っています。

ーーそういう草の根の活動だけで、心のフィットネスは広がっていくのでしょうか?

清水 最も効果的なのは、影響力のある人達に影響を与えることだと思います。だからGoogleのマインドフルネスプログラムの運営者たちは、自分たちが開発したプログラムを他社に提供しようとしているわけです。

 今の世の中は、経済、ビジネスの世の中です。社会を変えるには、最も影響力を持つ経済界や企業に影響を与えるのが、最も効果的だと彼らは考えているわけです。  もちろん企業の経営者たちは、社会をよくするためにマインドフルネスを導入するわけではありません。社員の心の健康度を高めることが、企業の収益に直結すると思うから導入するわけです。でも理由がどうであれ、企業がマインドフルネスプログラムを導入することで、多くの人が瞑想の効果を実感し、豊な心になっていく。そういう人が大多数になれば、政治にも影響を及ぼすはず。SIYはそう考えているわけです。

 実際に欧米の大手企業は次々とGoogleのプログラムの導入を考えています。

ーー日本企業はどうでしょう?

清水 僕自身、SIYや独自に開発したマインドフルネスと幸福学を活用した人材研修プログラム(http://happinesstraining.org/)を、既に何社かで提供させていただきました。また講演依頼もたくさんいただいていますし、社内向けプログラム構築の相談なんかも多数受けています。日本企業も変わりつつある感触は十分にあります。



清水ハン栄治さん



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