先日書いた記事「人工知能こそが21世紀の産業を牽引する」の中で、人工知能が今後どのようなペースで進化し、どのような産業や業種に影響を与えそうなのかの目安を示した。影響を与えるということは、人工知能やロポットが新しいビジネスチャンスを生むということでもあり、従来の仕事が消滅するということでもある。

仕事がなくなるという観点からは、同様の議論はこれまでにもあった。その代表例が英オックスフォード大学マイケル・A・オズボーン准教授の「雇用の未来」という論文だ。同准教授は702の職種が今後10年から20年でどの程度コンピューターによって自動化されるかを分析。その結果、米国の労働者の47%の仕事が自動化されると結論づけた。(関連記事:現代ビジネス「オックスフォード大学が認定 あと10年で消える職業、なくなる仕事702業種を徹底調査してわかった」)。以下の表は、その論文をもとに現代ビジネスがまとめたものだ。

消滅する職業

実にさまざまな職業が消滅の危機にあることが分かる。これまでは技術革新が単純肉体労働者の仕事を奪ってきたが、これからの技術革新は、これまで安泰と考えられていた知的労働者の仕事を奪おうとしている。

シリコンバレーの著名投資家 Vinod Khosla氏は「今後20年間ぐらいは人工知能の改良のために医師の力を借りなければならないだろうが、最終的には平均的な能力の医師は不要。医療の90%から99%は医師の診断よりも、優れていて安価な方法で対応できるようになる」と予測している。

米国では、人工知能に裁判文書を作らせて人間の弁護士はそれをチェックするだけという法律事務所が実在するらしい。弁護士の数は今の10分の1になるのではないかという意見もある。(NHKスペシャル

医者や弁護士を現在、目指している若者やその親は、こうした近未来をどの程度、認識しているのだろうか。


▶究極の未来はユートピアでも、途中はディストピア?

究極の未来には、人間があらゆる労働から解放されるユートピアがくる、という意見がある。そのユートピアが本当に実現するのか、実現するのだとすれば何年後になるのか。それは人工知能の研究者や科学者の間でも意見が分かれるところだが、早ければ20年から30年でその時代がくるという意見もある。

エネルギーも無料になり、食べ物も、何もかも無料になる。そうなれば3Dプリンターのボタンを押すだけで、欲しいものが欲しいだけ無料で作り出せるようになり、資本主義社会どころか貨幣経済自体も崩壊してしまう。

そんな夢のような話が実現するかどうか分からないし、それが究極の未来だとしても、その究極の未来が一朝一夕に実現するわけでもない。過渡期には、仕事が消滅して所得がなくなる人と、人工知能を駆使して所得を増やし続ける人との格差が拡大していくことになるだろう。最終地点はユートピアだとしても、過渡期はディストピアになる可能性が高い。

その過渡期における所得格差にどう対処していくべきか。まだ議論さえほとんどされていない状況だが、早稲田大学政治経済学部の井上智洋助教は「貨幣発行益を国民に配当せよ」という週刊エコノミストへの寄稿文の中で、国がベーシックインカムとして貨幣発行益を国民一人ひとりに配給すべきだと主張している。

仕事が消滅していく未来。働く意思があっても仕事がない未来。それでも生活に必要な最低限の貨幣所得をどこからか得なければならない。ベーシックインカムとは、国が生活に必要な最低限の所得を国民全員に配給すべき、という考え方だ。

ではその財源はどう確保すべきか。富裕層への税率引き上げという方法もあるかもしれないが、そうすれば富裕層は海外へ逃げるかもしれない。そこで貨幣発行益を財源にしてはどうか、というのが井上氏の主張だ。井上氏によると、経済学の数式モデルでシミュレーションした結果、インフレを起こさない程度に貨幣を発行し、その発行益をベーシックインカムの財源にすることが可能なことが明らかになったのだという。


▶価値観変化も重要に

こういう話を何度か周りの人たちにしたことがある。面白いことに、その受け止め方は二極化する。仕事がなくなることを心配する人と、喜ぶ人の二極化だ。傾向としては、男性よりも女性のほうが、また年配者より若者のほうが、この変化を喜ぶ人が多い。「贅沢さえしなければ、嫌な仕事をしなくても生きていける」。彼らはそう受け止めているようだ。

明らかに2つの異なる価値観が存在している。価値観変化の過渡期なのかもしれない。

井上智洋氏は、「価値観は変えていかなければならないものの1つ。まじめに働くのがえらいという勤労道徳は変化せざるをえなくなる。働きたくても仕事がない時代になるのだから」と指摘する。

所得を獲得できる仕事を少ししかしていない、あるいは所得になるような仕事をまったくしていないという人が、今後は急増する。そんな社会にあって「働かざる者、食うべからず」「働かない者は、人間のクズ」という価値観が今後も継続すれば、多くの人を精神的に苦しめる結果になるだろう。

井上氏によると、日本でもヨーロッパでも勤労道徳が強調されるようになったのは近代以降。「資本主義的発展のために必要な価値観だったのだと思います。でもその価値観を徐々に捨て去るときが今、来ているのかなと思います」と語る。「最近は、ワーク・ライフ・バランスの重要性が語られるようになってきましたが、今後はそれがさらに進み、働かない人がいてもいいじゃないか、という価値観に変化していかなければならなくなるように思います」。

働かない人がいてもいい。その価値観が広まる前に、仕事が消滅する社会が到来する可能性が十分にある。いやその可能性のほうが高いかもしれない。

心のケアも、これからは重要な問題になっていくことだろう。






yukawa01


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