米国国防総省の研究開発部門である高等研究計画局(DARPA、ダーパ)の動きに注目している。DARPAの研究領域がわずか1、2年で実用化され、産業界に影響を与えるケースが目立ってきたからだ。ロボットもそうだし、人工知能分野の新しい手法Deep Learningにしてもそうだ。それはDARPA自体に「目利き」力があるからだろうし、DARPAが国の予算を使って研究開発を加速させている側面もあるに違いない。いずれにせよ、DARPAの動きに注目することで、次のビジネストレンドをいち早く見つけることができそうだ。

そのDARPAが最近、力を入れているのがバイオロジーの分野だ。「ITがバイオに取り入れられることで、バイオが変わる」「21世紀はバイオxITの時代だ」。これまでにもそう言われ続けてきた。ただバイオxITがビジネスとして、いつ成立するのか。バイオxITが大きな社会変革を起こすのは、いつになるのか。それが分からない状態だった。

しかしDARPAが動き出したことで、ビジネスマンとしてもそろそろバイオxITの動きをしっかりとウォッチしなければならない時期が近づいているのかもしれない。


▶プラスチック以来の新素材をバイオで

DARPAは2014年4月にBiological Technologies Office(BTO)を開設している。設立目的としてはバイオの最先端を走ることで、敵国からの予想外の攻撃に備えるという意味が1つ。もう1つ、新しい技術で自国の戦闘能力や産業力を推進することも、大事なミッションだとしている。

BTO副所長のAlicia Jacson氏の講演がYouTube上にアップされているが、その中で同氏は「最新技術というと最近ではロボットやウエアラブルばかりが注目を集めているが、バイオには他の技術が足元にも及ばない能力がある。バイオこそが最先端テクノロジーだ」と強調している。

確かに生物は自分自身を簡単に複製できるし、環境にすぐに適応し、進化することが可能だ。最近では、遺伝子コードをソフトウェアのように書き換えることも可能になってきた。バイオ技術を使えば、これまでにないような機能を持つ新素材を開発することは、十分可能かもしれない。

「われわれの生活を一変するような新素材の発明は、1920年代のプラスチック以来起こっていないんです」と同氏は言う。新素材に取り込めそうな生物の特性にはどのようなものがあるのだろうか。「皮膚を例にとっても分かると思います。皮膚はわれわれが成長するのに合わせて増えていき、外部からの侵入を防いでくれます。センサーにもなっています。そして損傷しても自分で自分を治すことができます。ここまで多機能な物質は、そうありません」。

こうした皮膚の特性を取り込んだ新素材を開発することができれば、確かに画期的な発明になる。

生物はまた簡単かつ迅速に複製を作ることができる。「微生物を見ても分かるように、あっと言う間にどんどん自分のコピーを作ってしまいます」。「ナノレベルでも、ミクロレベル、メートルレベルでも、簡単に生成できる。すばらしくスケーラブルなプラットフォームです。バイオロジーこそが最強の製造業のプラットフォームです」と同氏は言う。

バイオ技術にそうした可能性があるにも関わらず、現状ではその可能性を十分に発揮できていない。それどころかグローバル化に合わせて、バイオ技術に対する期待が高まっている。「抗生物質は次第に効かなくなってきているし、非常にシンプルな病気に対しても打つ手がなくなってきている。ワクチンも20種類ほどしかない。エボラ熱やインフルエンザに対しても、必要なワクチンを必要な量だけ迅速に用意することができない。グローバル化がさらに加速する中で、ますます厳しい時代になろうとしている」と同氏は指摘する。

そこでDARPAとしてはこの領域に注力することで、新たな製造業のプラットフォームを確立しようというわけだ。「新しいテクノロジーの方向性が必要になってきているんです。過去50年間に渡る電子工学や、物理学、コンピューター科学、分析学などの領域での進化と、過去20年間に渡る遺伝学、生物学、神経科学の進化。それらを組み合わせることによって、現存する技術を大きく超えるような新しいテクノロジーの可能性を開くことができるはずです。バイオロジーとエンジニアリングを掛けあわせれば、ものすごいことができるようになると思います」と同氏は言う。

ところが今日の生物学の実験の手法は、過去100年ほど変化がないと同氏は指摘する。ほとんどが手作業で、一か八かの成功を期待して実験を行っている。結果は、ノートに手書き。「進化を妨げているのは人間なんです。人間がこうした作業をやっている限り、イノベーションは何十年に1度くらいしか起こらない」。「エンジニアリングをバイオロジーの領域に取り込みたいんです。オートメーション、データサイエンスなどの進歩を取り入れたい」と同氏は言う。確かにパソコンで実験を設計すれば、ロボットがミスなく動いて実験を実施してくれる。その結果をパソコンを使って解析すれば、イノベーションが次々と起こるようになるに違いない。


▶実験をIT化する研究プラットフォーム、間もなく完成?

そこで新たなバイオ技術の研究開発のプラットフォームを作るためにDARPAでは次の4つの領域に注力しているという。

1つはDNAをプログラムするツールの開発。「今のバイオロジーは、コンピューターに例えるとパンチカードを使っていた時代のような感じ。それを最新技術に変えることで、より低コストでより早くDANをプログラミングできるようになるはず」としている。

2つ目の領域は、ゲノム全体を見渡すことのできるツールの開発。地球上には3000万種類の生物がいるにも関わらずバイオエンジニアリングで使うのは2種類の微生物だけだという。中には、耐熱特性を持つ微生物もいるはず。「そうした特性を使えるようになりたい。そのためには、その生物のゲノムを解析しマッピングしなければならない。でも今日のゲノムブラウザは、ストローで覗きこんでいくるような感じ。見える部分が非常に狭い。生物をエンジニアリングするのであれば、システム全体を見渡すことが必要になる」と言う。

3つ目の領域は、論文とゲノムデータのマッチングのデータベースの構築。世界中のゲノム研究者が実験で発見したことを論文として発表し続けているが、論文の数が多過ぎて、勉強熱心な研究者であったとしてもすべての論文に目を通すことは無理な状態。そこで論文とゲノムデータをマッチングして、必要な情報を簡単に取り出せるデータベースの構築に力を入れているという。

4つ目は、実験ツールのクラウド化。自分の研究室でパソコン上で実験を計画すれば、インターネットを通じて別の場所に設置されたロボットアームが実験を実施してくれて、その結果だけをネットを通じて見ることのできるシステムを開発中という。このシステムを使えば世界中の研究者が低コストで実験を実施できるようになるという。

こうしたツール、プラットフォームを完成させることができれば、より多くの研究者が最先端のバイオの研究に取り組めるようになる。「より多くの研究者が集まることで初めて、革命的変化が起こるのだと思います」と同氏は言う。

目標は2年。2年以内に、こうしたバイオとITとを融合させた研究開発プラットフォームを完成させたいのだという。

「今日のバイオエンジニアリングでは、新たな薬品や素材を開発するのに、何千万ドルものコストと10年近い年月が必要です。こんなペースでは新素材革命など起こるわけはない。われわれは、2年以内にこのプラットフォームを開発したい。そうなれば新たなバイオ製品にかかる年月は1年前後に短縮され、開発コストも数万から数十万ドルほどに軽減されるはずです」。

また開発されるバイオ製品も単純なものではなく、複雑でダイナミックに変化する製品が作れるようになるという。「プラスチックのような合成物質の形状の自由度と、生物の複雑な機能とダイナミックな変化能力を合わせれば、今までにない素材ができるはず」。

素材だけではない。こうしたプラットフォームはまったく新しい領域をも開拓すると同氏は指摘する。「なぜならゲノムという言語は、すべての生物に共通だから。伝染病にも対抗できるようにもなるだろうし、飲料水や食料、エネルギー不足を克服する手がかりになるかもしれない。自然災害や、戦争の被害にあった地域の修復にも、力を発揮するかもしれない。さらには火星の環境も変化させて、人間が住めるような環境にすることも可能かもしれない」。


▶インフラ整備後はベンチャー百花繚乱の時代

DARPAがこうしたバイオ研究プラットフォームの構築を目指して活動を始めたのが1年前。2年をめどに完成させたいとしているので、計画通りならあと1年で完成するかもしれない。

またDARPAとは別に、同様の研究プラットフォームを提供し始めた民間企業もある。Emerald Cloud Labは、試験管を使ったような実験を研究者に代わって実施する業者で、ロボットアームなどを使って全自動で実験をするようだ。研究者は、自分の研究室の自分の机に座ってパソコンを操作して、実験の進め方を入力するだけ。あとは実験が完了すれば、メールで結果を受け取ることができるらしい。

オバマ大統領が2億1500万ドル(約250億円)を投入して、一人ひとりの遺伝子に基づく医療(Rrecision Medicine、パーソナライズ医療)方法の確立を急ぐというニュースもあった。

米国では、バイオxITがいよいよ本格的に動き出したようだ。そしてバイオ研究プラットフォームなどのインフラが完成すれば、バイオxITの領域は一気に進化し、その後、雨後のタケノコのように新しいビジネスが生まれてくることだろう。業界勢力図のみならず、社会や人々のライフスタイルにも大きな影響を与えることだろう。その流れは当然、日本にも押し寄せてくる。

いよいよ動き出すバイオxITの時代。ワクワクしながら注目していきたい。





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