データ量が爆発的に増え、人工知能がそのデータを処理する時代。それがデータ経済社会と呼ばれる新しいビジネスのパラダイムだ。そのデータ経済社会に向けて、企業の戦い方にも当然変化が生じ始めている。「人工知能のインフラまもなく完成」という記事に書いた通り、いち早くデータ蓄積の正のスパイラルを構築することが、何よりも重要になってくる。正のスパイラルが完成すれば後発の参入が困難になるからだが、もう1つ別の理由がある。このスパイラルを構築するというビジョンで、優秀なエンジニアを引き寄せることができるからだ。

6月19日に米シアトルのAI2という研究所を取材してきた。米Microsoftの共同創業者ポール・アレン氏が出資し設立した人工知能専門の研究所だ。同研究所の中に入ると廊下や会議室の中で、大学生のような若者数人が話し込んでいるのを何度か見かけた。

「若い人が多いんですね」と、出迎えてくれたオフィスマネージャーに聞いてみた。「ええ、彼らは全員インターンです」。

設立されて2年足らずの研究所なのに、インターン希望者が既に殺到しているのはどうしてだろう。「所長が有名だからです」とオフィスマネージャーは答えてくれた。

所長のOren Etzioni氏に、このことを直接聞いてみた。Etzioni氏は「自慢に聞こえたらごめんなさい。でもトップの人選は非常に重要だと思います」と少しはにかみながら答えてくれた。「中国バイドゥがシリコンバレーに開設した人工知能研究所もそうですよね。Andrew Ngを引っ張ってきたことで、彼に憧れる若い優秀な研究者が集まってきています」。Andrew Ng氏は、元スタンフォード大学の教授で、人工知能研究の分野では花形研究者の1人。若い研究者やエンジニアにとっては、給料の額はそれほど重要ではない。親会社が中国企業でも構わない。それよりも、世界的に有名な研究者やエンジニアに下で、スキルを磨くことを希望するのだという。おかげで「バイドゥの研究所は、とてもレベルが高い研究所になっていますよ」とEtzioni氏は言う。

ではその人を惹きつけるほどの優秀なトップ人材自身は、何をもって惹き付ければいいのだろうか。高額の給与だろうか。「ビジョンと課題でしょうね」とEtzioni氏は強調した。このポストでしか体験できないようなビジョンと、それにその人でしか解けなさそうな課題を提示してあげれば、優秀な人材ほど惹き寄せられてくるのだという。


▶データの可能性に惹き寄せらる世界的研究者

トップレベルのAI研究者を取材するために5月、6月とアメリカ出張に出かけてきた。きっかけは「リクルートが人工知能に本腰、米の世界的権威と何を目指すのか」という記事に書いた通り。世界的権威と言われる研究者が、なぜ日本の一企業であるリクルートと組んだのか。単なる名前貸しだけなのか、それともガッツリ共同研究するつもりなのか。実際に研究者と直接会って話してみないと分からないと思っていた。そこにリクルートからの業務委託。2つ返事で受けることにした。

なぜリクルートのアドバイザーになることに決めたのか。これまでに2回の出張で取材した5人全員にこの質問をぶつけてみた。答えは、Etzioni氏の言う通りだった。

例えばコロンビア大学のDavid Blei教授は、トピックモデルと呼ばれる機械学習の分野の第一人者。トピックモデルとは、文書に含まれるキーワードに注目することで文書のテーマをコンピューターが自動的に判別できるという手法だ。同教授の直近の関心は2つあるという。1つは、文書の解析データと、読者の行動データという異なるデータを組み合わせれば、何ができるようになるのかということ。ウエブページがどういった内容だと、読者はリンクをクリックするのか。特定の時期に売り上げを伸ばす書籍に共通した内容はなんなのか。文書の内容に関するデータとユーザーデータを組み合わせることで、文書の内容をより深く理解できるようになるだろうし、文書の内容でユーザーの行動をより正確に予測できるようになるかもしれない。

もう1つの直近の関心領域は、トピックモデルを文書以外のデータに応用するための研究。文書のトピックをコンピューターが抽出できるようになったように、ソーシャルメディア上のデータからユーザーの行動を予測できるようにならないか、などということを研究しているのだという。

これまでは文書の内容をコンピューターに判別させる手法の開発に集中的に取り組んできた同教授だが、今は文書以外のさまざまなデータの取り扱いに関心が向いているというわけだ。

この2つの関心領域の研究を進める上で、リクルートは最適の研究パートナーになるという。「リクルートは、就職情報のみならず、レストラン、美容、結婚、資格取得など、ありとあらゆるユーザーの行動データを大量に持っています。これほど多種多様なユーザー行動データを大量に持っている企業は、世界的に見ても珍しい。この膨大なデータを解析することで一人ひとりの生活を豊かにするための個別の支援、提案が可能になります。とてもすばらしいことです。個人に最適の情報、サービスを提供するパーソナライゼーションは、機械学習の次のフロンティアの1つです」と同教授は指摘する。

教え子が立ち上げたベンチャー企業のアドバイザーになっている以外、アドバイザー就任の要請を受けることはほとんどないというBlei教授。ましてや大企業のアドバイザーになったのは、リクルートが初めてだという。「リクルートとの共同研究は、わたしにとって見逃すことのできないチャンスだと思いました」と語ってる。

多種多様なデータを取り込んだ機械学習で、パーソナライゼーションを極める。リクルートのビジョンと、同教授の関心領域がマッチしたわけだ。しかもリクルートは、ほかでは入手できないデータを持っている。ビジョンとデータ。この2つが揃っていたので、Blei教授は飛びついた。ビジョンとデータがあれば、世界的権威でも喜んで協力してくれるという例だ。


▶経営者の仕事は時代を読み、天才を魅了すること

ビジョンを示すトップと、そのビジョンを実現したくて仲間入りする天才エンジニア。その天才エンジニアに魅了されて、集まってくるトップレベルのエンジニアたち。この構図は、日本を代表する人工知能ベンチャー、プリファード・ネットワークス(PFN)にも見られる。

社長の西川徹氏はビジョナリーだ。「スマートフォンxクラウド」のパラダイムの次に「IoTx人工知能」のパラダイムが来ると、だれよりも早く見抜いて動き出した。岡野原大輔副社長は、「AIが勢力図を塗り替える業界とは」という記事で幾つかその伝説を紹介したが、他に類を見ない天才エンジニアだ。そしてその天才エンジニアの下に優秀なエンジニアが集まってきている。同社のバイオ関連事業の責任者である大野健太氏は、「インターン2日目に自分が組んだプログラムを岡野原さんがとんでもないスピードでリファクタリングをした事に衝撃を覚え、その時にここに勤めようと決めた」と語っている。PFNには多数のインターンが応募してきており、選ぶのに困っている状態だとか。エンジニア不足と言われる世間一般とは、無縁の光景だ。

PFN自体はデータを持っていなくても、その卓越した技術力で、データを持っている自動車会社や製造業、バイオ研究所が寄ってくるようになっている。

人工知能がどんどん進化する中にあって、経営判断に必要な情報は、人工知能が的確に選別して示してくれるようになるといわれている。「中小企業の経営なら、人間より人工知能のほうが上手になるのではないか」と話す研究者もいる。しかしそうした時代に向かっているからこそ、経営者にとっては、未来を読み、達成したい将来ビジョンをしっかり描き、データを蓄積するスパイラルを構築することがますます重要になるのだと思う。そのビジョンが独創的であればあるほど、社会的意義が大きければ大きいほど、チャレンジングであればあるほど、天才エンジニアがそのビジョンに惹き寄せられる。そしてその天才の下に優秀なエンジニアが集まってくるのだと思う。

来るべきデータ大爆発時代に何をすべきか。今問われているのは、データ蓄積のためのビジョンなのだと思う。

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【お知らせ】
disclaimer statement: 米国のトップAI研究者の取材は、Recruit Institute of Technologyのサイト向けの動画コンテンツにする目的で行いました。同サイトは今夏開設予定。インタビューの様子が動画でご確認いただけるようになります。乞うご期待。

TheWave湯川塾28期のテーマは「AIが変えるバイオ・ヘルスケアビジネス」です。リクルートのAI関連の投資担当者、バイオ画像解析ベンチャー経営者、脳波・睡眠関連ベンチャー経営者、プリファード・ネットワークス(PFN)バイオ事業責任者など、最高の講師陣が集まりました。ほかにはない着原点で、ほかでは聞けない話満載の少人数制勉強会になります。残席わずか。お急ぎください。

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