人工知能の研究分野の1つに「ヒューマンコンピュテーション」と呼ばれる比較的新しい研究領域がある。すべての計算を機械でするのではなく、計算の一部に人間の能力を利用するという研究分野だ。(関連記事

この研究領域で、興味深い結果が出始めている。優秀な人間よりも、最新鋭のコンピュターよりも、普通の人間と機械の合わせ技のほうが、よい結果を出すというのだ。


▶ひらめき、直感、まぐれを計算に取り入れる

京都大学の鹿島久嗣教授のチームが興味深い実験をした。データサイエンティストと呼ばれる人たちを対象にした実験だ。実験は、賞金付きのデータ解析コンテストという形で行われた。データサイエンティストに独自の予測モデルを構築してもらい、その予測が当たったか外れたかの精度を競うというコンテストだ。

何を予測してもらうのかというと、ウィキペディアの2つの記事のハイパーリンクを外した状態でコンピューターに読み込ませて、元の記事には相互ハイパーリンクが張られているかどうかを推測させるというものだ。「自動車」という項目の記事と、「トヨタ」という項目の記事の間には、相互にリンクが存在する可能性は高い。「自動車」という記事と「桜」という記事の間にはリンクが存在する可能性は低い。リンクの有無を、リンクの構造とカテゴリーデータから推測させるわけだ。このコンテストには16人が参加し、計134個の予測モデルを提出。それぞれのモデルの予測精度を競った。

驚いたことに優勝したのは、プロのデータサイエンティストではなかった。この優勝者の計算式を見たところ、「標準的な予測モデルの手法なんですが、変な処理が加えられているんです」という。

変な処理ってなんだろう?「なぜそこでそんな処理をするのか、まったく謎の処理を加えてあるんです」。優勝者からレポートを提出してもらったが、やはりその処理の意味が分からなかった。直感なのか、ひらめきなのか、まぐれなのか。理由は分からないのだが、この「謎の処理」が彼の予測モデルの精度を格段に上げていた。この「謎の処理」が、少なくともこのウィキペディアのリンク予測には、うまくマッチしたやり方だったというわけだ。

鹿島教授たちはこの「謎の処理」のモデルを含む提出モデルを組み合わせ、その上に機械学習を乗せてさらに新しい統合モデルを作成した。人と機械の合わせ技であるこの統合モデルは、さらに高い精度でリンクの有無を予測できたという。「人間が直感的に特徴を抽出し、それを入力すれば機械学習の精度がさらに上がったわけです」。

同教授は「合理的に想定できることをあらかじめ列挙できれば、機械的にすべて実装できるんです。しかし人間は、そこからちょっとずれたことをやってくる」。この「ずれ」が、よい結果を生むことがある。論理的思考を超えた何かこそが、機械には真似のできない人間の能力の1つなのかもしれない。


▶パソコン使うアマチュアがチェスの大会で勝利

IBMのスーパーコンピューターがチェスのチャンピオンを破ったことは有名な話だ。チェスのように特定の領域に特化した勝負では、コンピューターのほうが人間よりも優秀。もはやこれは紛れもない事実のようだ。

なので最近では「人間vs コンピューター」という図式ではなく、コンピュターと人間がタッグを組んで、別のチームと競い合うというイベントが増えている。

2005年にネット上のチェスサイトPlaychess.comが主催した「PAL/CSS Freestyle Chess Tournament」も、だれとチームを組んでもいいし、どんなスーパーコンピューターを使ってもいいという、なんでもありのルールだった。当時はチェスに特化したHydraと呼ばれるスーパーコンピューターが最強だったので、チェスの名人がHydraを使うチームが勝つと、だれもがそう思っていた。

ところが優勝したのは、チェスの名人でもスーパーコンピューターでもなかった。並みいる強豪を破ったのは、3台の普通のパソコンを使ったアメリカ人のアマチュアのチェス愛好家だった。

このトーナメントについてチェスの元世界チャンピオンのガルリ・カスパロフ氏は、アマチュア愛好家の勝因を「(アマチュア愛好家が)駒の位置を効果的に深く読むようにパソコンを指図するスキルに長けていたため」と分析している

チェスの名人は、チェスというゲームを非常によく理解しているし、スーパーコンピューターは、何十手も先読みする計算能力を持っている。しかし何十手も先読みする能力が重要なわけではない、とカスパロフ氏は言う。「チェス、それからあらゆる決断を下す際に最も大事なのは、スーパーコンピュターのように、よりよい打つ手を求めて何十手先を読むことではない。目の前の数手先をしっかりと正確に判断するということだ」。目の前の何手先かをしっかり判断するために、うまくパソコンを使いこなす。それがアマチュア愛好家の勝因だというわけだ。

「弱い人間+機械+優れたプロセスのほうが、強い機械よりも、さらには、強い人間+機械+だめなプロセスよりも、優れているのだ」とカスパロフ氏は語っている。


▶天才、人工知能より、いい結果だせる仕組み

天才、人工知能、パソコンを使う普通の人間。上記の2つの例は、優秀な人間よりも、最新鋭のコンピュターよりも、パソコンを使いこなす普通の人間のほうが、いい結果を出したという例だ。

個人的には、一部の天才に牛耳られる世界も嫌だし、人工知能に牛耳られる未来も嫌だ。人工知能をうまく活用することで、普通の人が高いパフォーマンスを上げられる未来になってくれれば、と思っている。

なのでこうした例に、希望を持ってしまう。もちろんこうした例はまだ少数過ぎて、「ヒューマンコンピュテーションこそが未来だ」と断言できるわけだはないことは分かっている。「(ヒューマンコンピュテーションに大きな可能性がある、という)状況的証拠が出始めたという段階」(鹿島教授)なのだろう。「一番いい人間よりも、一番いいコンピューターよりも、いい結果を出せるヒューマンコンピュテーションの仕組みを作りたい」という鹿島教授。ぜひがんばっていただきたいと思う。



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