これから新しい事業に乗り出すときに、その領域での先行企業に対し「今から攻め込みますからね」とわざわざ宣言するバカはいない。できるだけ波風を立てないようにするか、あるいは反対に「攻め込みませんからね」と宣言するのが普通だ。



 Yahoo!やGoogleといった企業の経営者が、ことあるごとに「マスメディアにはなりません」「新聞と共存したいと思っています」と宣言するのも同様の理由からだ。実際にはYahoo!Japanは日本のオンラインのマスメディアの最大手だし、Googleは世界一のメディア企業であり、広告会社である。今後われわれのライフスタイルがますますインターネットを核にしたものになる中で、従来型メディア企業がネット企業から覇権を取り戻すことなどもう既にありえない。勝負はついた。今後、差は開く一方だろう。



 今回AppleがiPhone OS4.0の盛りだくさんの発表の中に、iAdというモバイル広告プラットフォームをヒッソリと加えてきた。しかもスティーブ・ジョブズ氏は「広告会社にはなりません」とご丁寧に宣言している。



 iAdにスポットライトが当たらないようにここまで気を配っているということは、反対にApple自体がiAdにかなりの期待を抱いているということなのだと思う。




 今IT業界は、パソコン中心の時代からモバイル中心の時代へのパラダイムシフトの真っ最中である。競争の領域やルールが大きく変わろうとしているときだ。パソコン時代には、検索連動型広告が急成長した。消費者は検索窓に対し、自分が今どういう商品に興味があるのかを自ら宣言してくれた。それに対して広告を表示するのだから当然効果が高い。なので検索結果のページに広告を表示する権利を持つGoogleが急成長したわけだ。



 ところがモバイル機器は、検索で得られる情報とは異なる情報を教えてくれる。GPSを使えば消費者の現在地が分かるし、どのようなアプリを使っているかで消費者の現在の状況が分かる。加速度センサーでモバイル機器の振動具合を把握すれば、電車に乗っているのか、電車から降りて歩き出したところなのかも分かる。通話の声のトーンでユーザーの気分を把握しようと思えば、それもまた可能だ。



 検索連動型広告から次の広告、マーケティングの時代に移行しようとしているわけだ。



 そしてその新しい時代に向け今一番有利な立場にいるのが、iPhoneという大ヒットモバイル機器を持つAppleである。検索結果に広告を表示する権利を持つGoogleが急成長したように、モバイル機器に広告を表示する権利を持つAppleがさらに業績を拡大する可能性があるわけだ。



【大胆予測】

 さてここからは妄想というか、根拠のない大胆予測をしたい。こういう未来もあるかもしれないという夢物語として読んでいただきたい。



 このモバイル広告事業は、市場規模で検索連動型広告事業よりも大きくなるのではないかと思っている。もちろんAppleだけがこのモバイル広告を狙っているわけではなく、Googleも狙っている。両社が激しく競争すればどうなるか。



(1) 広告以外の領域の無料化、低価格化が進むと思う。広告収入を期待できるので各種サービス、ツールを無料で提供するというGoogleの手法を、Appleも取り入れざると得なくなる。そうなるとハードを無料にするか、ものすごい安さで配布するということにもなりかねない。ハードメーカーにはますます厳しい時代になる。勝ち残れるのは、圧倒的なコストパフォーマンスを出せる台湾、中国メーカーだけ、ということになるのかもしれない。



(2)モバイル広告がIT業界の主戦場になり、世界のメディア、広告業界はこうした流れに業態を変化させるしかなくなるのではないだろうか。検索エンジンのアルゴリズムに合わせてサイトの造りを変化させてきたように、これからはモバイル広告を念頭においてアプリ、メディア、サービス、コンテンツを作っていかないといけなくなるだろう。



(3)日本のケータイ業界ではキャリア主導の現状を修正するためのSIMロック解除の議論が盛んだが、今後はキャリア主導の垂直統合から、広告をベースにしたAppleとGoogleの垂直統合のほうが問題になるかもしれない。AppleとGoogleという二強が、日本の3キャリア以上に、ハードメーカーやソフトメーカーを支配する時代がもうそこまできているように思う。

 





【中国に行ってました】

 ソーシャルゲームの取材で中国に出張していたため、実はiAdの詳細をまだ調べていません。時間ができれば調べてみて、どのような影響をメディア、広告、ネット業界に及ぼすのかゆっくり考えてみたいと思います。また羽田に着いたのが、遅かったので【今週のピックアップ】を書くのが月曜になってしまいました。ゴメンナサイ。



 留守の間にも、増田さん、三橋さんがたくさんの記事を書いてくれました。ありがとうございます。お二人ともそれぞれの領域をはっきりとさせてきた感じがしますね。



 三橋さんはiPhone OSの発表を夜中にリアルタイムで見て記事にしてくれたんですね。すごい。



 スタッフブロガー以外からも多く寄稿をいただきました。



開発者目線でiPadを触って初めて分かった10の事実【時仲】

7536PV

iPad購入のためだけにハワイにきました【小山】

4830PV

機は熟した。ジオメディアが今熱い:第5回ジオメディアサミット【関】

1322PV





時仲さんはTwitterでiPadの感想をつぶやいていたのが面白かったので寄稿をお願いしたら、快諾してくださいました。小山さんは、ハワイから原稿をアップしてくださいました。多謝。

ジオメディアサミットに関しては僕もまとめ記事を書いたのですが、関さんがご自身のブログに書かれた記事のほうが断然よかったので、TechWaveへのダブルポストをお願いしました。



 さて4月5日から11日までの週でアクセス数のトップ5は以下の通りでした。



iPhone新OS発表の陰に見えるAppleの真の狙い【湯川】

iPad早くも45万台突破、来年には小型iPad発売?【湯川】

iPad発売初日で70万台=最速レビューに気をつけろ(2つの意味で)【湯川】

残念!iPhone3GSじゃないとマルチタスキングできません【湯川】

iPhone OS 4.0の新機能を一覧で。モバイル広告の"iAd"の詳細も明らかに【三橋ゆか里】