AppleのiPad向けにAmazon.comが提供している電子書籍リーダーアプリkindle for iPadを使ってThe Facebook Effectという本を読んでいる最中なんだが、できればApple自体が提供する電子書籍リーダーアプリiBooksで読みたいと思う。なぜならiBooksでページをめくる際の、指先にページの端がついてくるような表示の工夫が、実際に紙の本をめくっているようで楽しいからだ。kindleアプリのほうは、ページが横にスライドするだけなので味気ない。



 個人的にはiBooksのユーザーインターフェースのほうが気に入っているわけなんだが、このことがかえってわたしにあることを気づかせてくれた。それはわたしが気に入っているにもかかわらず、このページをめくるようなインターフェースがいずれ廃止されるということだ。そしてもっと言えば、電子書籍というテキスト中心の知的生産物の形態も最後には消滅する、ということだ。


 紙の本をめくるのに似た表示が気に入っているのは、自分自身が紙の本という形態から一足飛びに新しい形態に移行できないからである。古いメディア消費の形に慣れ親しんでいるので、新しいメディア消費の形を即座に受け入れられないからなのである。つまりわたし自身、紙の書籍に対するノスタルジアを引きずっている証拠なのである。



 ちょうど高齢者が紙の新聞を手放せないのと同じ現象である。また中高年が、紙の新聞を手放せてもせめてパソコンで読みたい、ケータイでなんてとても読めないと考えるのと同じ現象である。



 今日の若い世代、つまり未来の一般的消費者はケータイで新聞記事や小説を読むのになんのためらいもない。同様に今からそう遠くない未来にすべての書籍が電子化されたあとに生まれてくる子供たちは、紙がめくれるようなインターフェースに何の価値も認めないだろう。テキスト中心の知的生産物が電子書籍という形を取る必然性をまったく感じなくなるだろう。電子書籍のファイル形式のe-pubである必要はない。ウェブの表示言語であるHTMLでよくなる。電子書籍はウェブに同化する運命にあるのだ。



 電子書籍という名称はしばらくの間、残るだろう。なぜならこの名称を使えば人々のノスタルジアのおかげでテキスト情報に課金することが可能になるからだ。「有料メール」とすればだれもお金を払ってくれないが、「メールマガジン」とすれば課金ビジネスが成立するのと同じ現象だ。



 以前から、どうして電子書籍という形態でなければならないのだろう、と疑問に思っていた。普通のウェブページでいいじゃないか、と思っていた。でも確信が持てなかった。



 ある電子書籍に関するイベントでパネルとして出席したときに、会場から質問が寄せられた。「電子書籍に動画や音声が搭載されてきたときに電子書籍の定義ってどうなるんですか?普通のウェブページとの違いって何になるんですか?そもそも違うものである必要があるのですか?」という質問だ。その質問に対してわたしの答えはあやふやなものだった。「そうですよね。そんな気が確かにしますね。電子書籍って形態がなくなるかもしれない、って思うことがあります。よく分からないけど」



 そのときのパネラーの一人がわたしの方に厳しい顔を向け、はっきりとした口調で「電子書籍は絶対になくなりません」と明言した。「個人による知的な創作物として書籍という形態はなくなりません。紙がデジタルに変わったとしても」



 わたしはよくパネルで言い負かされる。なんだか議論に負けたみたいでカッコ悪いなと思いながらも、やはり自分の中で明確な答えがでていないのものに対しては「分からない」としか言いようがない。それでも言い負かされたことで、頭の片隅に疑問として残り続けていることになる。そして今回のように、あいまいな思いがふと確信に変わることがあるのだ。



 もちろんこのパネラーの言うように、紙であれ電子であれ文字情報をベースにした個人の知的な創作物はなくならない。一人の沈思熟考でなければ生まれてこない知的生産物は存在し続けるだろう。天才や芸術家は一人で活動し続けものだ。



 だが多くの知的生産物は、多くの人の共同作業によって生まれてくることになる。なぜならそれがインターネットの特性だからだ。ネットによって人類の知的活動は今までと比較にならないほど共同作業によって大きく前進することになるからだ。個人活動をする天才が文明、技術を進化させる以上に、多くの人の知的コラボレーションが文明、技術を進化させるのだと思う。



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