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 先日の記事「日本発のスマホアプリ「LINE」が2000万ダウンロード達成 Facebookの次を狙えるか【湯川】」のコメント欄での議論がおもしろい。ポストFacebookともいえるモバイルのコミュニケーションアプリの領域で「中国のWeixinと日本発のLINEが今のところ2強」という意見が出ている。もちろんこの領域の覇権争いはまだ始まったばかり。今後、欧米のIT大手も本気で参入してくるだろうし、日本のソーシャルゲーム大手もこの領域を狙っている。これから相当の激戦が予想されるものの、現時点での有力候補の状況をざっと見てみたい。



 LINEがFacebookの次の覇者?



 ピンとこない人も多いかもしれない。マネタイズをどうするんだ、と思う人もいるだろう。



 ただこれまで覇権を握ってきた企業に対しても、最初は同様の疑問が寄せられたものだ。10年以上前にGoogleが非常に精度のいい検索サービスを出してきたときも、多くの人は「便利なのは分かる。でもトップページにバナー広告を載せずにどうマネタイズするつもりだろう。マネタイズできそうもないサービスが覇権を握ることはない」と考えていた。Facebookに対してもちょっと前まで「Facebookの収益源といってもページの右端に小さく表示される広告がメインだろうから、それほど儲かるはずがない。覇権を取れるわけがない」と考える人が少なからずいた。いや今でもそう考える人がいるかもしれない。



 こうしたこれまでの短いウェブの歴史をみても、利用者が爆発的に増えて社会のインフラ的存在になればマネタイズ手法が後から幾らでもついてくる、ということが分かる。中途半端な普及ならマネタイズなしには生き残れないが、社会のインフラになるようなサービスには必ずマネタイズの仕組みが生まれてくるものだ。LINEも現時点でのマネタイズを急ぐより、長期的視野に立ちユーザー獲得にしばらくは専念すべきなのかもしれない。



 とはいえこの先の未来がどのような形になるのか知りたい人も多いだろう。ずいぶん前に行ったグリーの田中良和氏のインタビューの中で、同氏がFacebookの次の未来について語っている。同氏はFacebookに対して対抗意識はほとんど持っていないのだという。なぜならFacebookの可能性を超える大きな未来が見えているからだ。インタビュー記事の中から関連する部分を再掲してみよう。

モバイルを核にしたコミュニケーションツール





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IVSのパネルを務める田中氏(2010年12月9日 撮影:本田正浩)



「今は、iPhoneやAndroidのOSが、テレビ、ゲーム機、タブレット機など、すべての機器に共通のものになっていっている。コンピューティングのプラットフォームが一新されようとしているわけです。10年、20年に一度しかなかないパラダイムシフトがモバイルの端末から始まっているんだと思っています」と田中氏は語る。



 20年近く前には、パソコンメーカーはそれぞれ独自のOSをパソコンに搭載していた。それがMS-DOSという共通のOSになり、Windowsとして進化することで、その共通OS上でものすごいイノベーションが起こった。今起ころうとしていることは、パソコンどころか、ありとあらゆる機器のOSの共通化である。よってパソコンOSの共通化をはるかに超えるイノベーションが起る可能性がある。田中氏はそう認識しているわけだ。



 (中略)



(グリーは見事なまでの急成長と続けているが)、田中氏に何が功を奏したと考えているのか聞いてみた。もちろんいろいろ要因はあるだろうが、田中氏は「モバイルだけで完結するという設計思想が重要だった」と指摘する。



 「5年前はSNSといえばパソコン上で行うものという考え方が中心でした。モバイル機能をつけるとしても、それはパソコンのサービスの追加のサービスという考え方だった。僕はそうではないと思ったんです。モバイルで完結するサービスという思想で設計したサービスでないといけないと思ったわけです」と田中氏は語る。



(中略)



 ケータイが若い世代のコミュニケーションのインフラになる。その上でコミュニケーションを潤滑にさせるサービスが必要となる。そういう思想に基づいて一からサービスを作り直したからこそGREEは急成長したわけだ。パソコンのサービスの追加機能として設計していたのではここまでの成長はなかったことだろう。



 そして今また状況が大きく変化しようとしている。5年後には、モバイル機器を核にありとあらゆるデバイスがつながり、人々は今以上にこうしたツールを使ってコミュニケーションする時代になる。5年前にケータイの普及を見込んで、その上で必要となるサービスを作ったように、今は5年後の時代の変化に合わせた設計思想で、1からサービスを作っていくことが重要なのだと田中氏は主張する。



 今日の状況に合わせた設計思想でサービスを作り成功している今日の覇者が、新しい時代の状況に対応しようとするより、5年先の状況に合わせた設計思想でサービスを1から作り直す挑戦者のほうが有利である。国内のSNSとの戦いでもそうだったし、今後Facebookなどとの戦いでもそうであるに違いない。田中氏はそう考えるわけだ。



(中略)



 「モバイルを核にあらゆる機器がつながって、しかも人々は今以上にコミュニケーションに熱心になるんです。そういう中で、必要とされるコミュニケーションのサービスを提供するんです」




PC向けサービスとは潜在的市場の規模が違う







 先日記事にしたインドのBharti財閥の御曹司でソフトバンクとの合弁会社Bharti SoftBank(SBS)の戦略担当Kavin Bharti Mittal氏も、ソーシャルのコミュニケーション領域に照準を当てているが、Facebookに対抗することはまったく考えていないという。彼の言葉を再掲しよう。



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「SNSの覇者はFacebookで決まり。既に勝負はついている。でもFacebookはインドでは2億人ぐらいのユーザーしか獲得できないだろう。われわれは残りの10億人をいただく。実はそれこそが、非常に巨大なマーケットなんだ」



「(携帯電話で)ネットにつながったユーザーはまずFacebookやGoogle+を利用しようとするんだけど、ちょっと使っては、すぐやめてしまう。なぜならサイトのデザインがPC的だから。PCに慣れているユーザーなら問題ないかもしれないが、ネット利用が初めてというユーザーにとっては、Facebookを携帯電話で利用するには機能が多過ぎるし複雑過ぎるのだと思う。インド人向けにサービスを作るのなら当然のことながら先進国のものとは異なる形でデザインされるべきだ。真似するのではなく、一から作らなければならないと思う」



 もちろんDeNAも同様にモバイルを核にしたコミュニケーションサービスに焦点を当てている。彼らはソーシャルゲームと心中するつもりは一切ない。(関連記事:「ソーシャルゲームと心中はしない」売上高を強調するDeNA経営の強さ【湯川】)今後どのようなサービスに進化しようとしているのか。それはエンターテイメントのプラットフォームなんだろうと思う。



 恐らくこの方向でソーシャルゲームの有力メーカーは動いているのだろうし、グリー、DeNAは海外での足場を着々と固めている。(関連記事:DeNA&GREEの海外展開についてまとめてみた【田中翔太】



 とはいえ田中良和氏が言うところの新しいコミュニケーションサービスの具体的な姿はまだ見えない。



日本のLINEと中国Weixinが二強





 今のところ具体的なサービスが見えているのは「日本発のスマホアプリ「LINE」が2000万ダウンロード達成 Facebookの次を狙えるか」の記事下のコメント欄にあるように、LINEと中国のWeixinの2つ。今のところ2強時代というのはその通りだ。



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 直近の数字だとLINEはユーザー数が2500万人を超えた。2000万人を超えたという記事を3月5日に書いたばかりだ。開発元のNHN Japanによると、Facebookがユーザー数2000万人に達するのに要した期間が28ヶ月だったのに、LINEはわずか8ヶ月で2000万人を超えたという。



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 LINEの強みに関しては、家族と仲間のコミュニケーションに焦点をしぼったことにあると、TechWave増田副編集長は分析している



 また開発元のNHN Japanは、LINE向けにグリーティングカードアプリ「Line Card」を3月28日にリリースしたが、わずか2日間で世界5ヶ国のApp Store無料総合ランキング1位を達成したと発表した。プラットフォームが巨大になれば、その上にいろいろなサービスを載せることが可能だし、簡単にユーザー数を伸ばせることができるわけだ。



 一方の中国、Weixinは2011年1月にスタートして年末までに5000万ダウンロードを超えている。驚異的な普及速度だ。岡俊輔氏が書いた現代ビジネスの記事5000万ユーザーを抱える、声でつながるメッセンジャーアプリ「weixin」によると、weixin(微信)はテキストチャット、ボイスチャット、画像共有、複数での同時コミュニケーションが可能な無料アプリで、「豊富なデザインとボイスチャット機能が中国の若者のハートを掴んだ」のだという。



若い人にとっては電話料金は大きな負担です。話せば話すほどに出費が増えてしまいます。そんな中、ネットさえつながればお金をかけずにしゃべり放題というサービスはとても魅力的なモノなのです。



 またスマートフォン同士をコツンとぶつける要領で振るとセンサーが反応し、同じタイミングでセンサーが反応した一番近くのweixinユーザーとの間でプロフィール情報を交換できるもよう。位置情報を把握する機能も搭載されていて、近くのユーザー同士の出会いを促進することも可能らしい。シンプルなデザインの中に最先端の機能を搭載しているようだ。岡氏は次のように分析している。

アメリカの「シンプル」なサービスと比べて中国のサービスの特徴は「多機能性」です。一つのサービスにいくつもの機能が押し込まれていて一見ごちゃごちゃに見れるのですが、微妙なところでバランスが取られていて、操作に慣れてくると心地良さを感じ、類似のアメリカ発サービスに物足りなさを感じることさえあります。こういった煩雑なある種カオスな状態を一つのコンテンツにまとめあげている様が、東洋的な感覚と実はとてもシンクロしているのではないかと思うのです。








 TechWaveのLINEの記事のコメント欄でも以下のような意見が見られた。

「Weixinは、ちょっと、今までの中国サービスと違うぞを感じますね。かっこいいですね、戦いっぷりが」



「今までの中国サービスは正直、丸々のパクリがほとんどでしたが、Weixinはグループメッセージングというジャンルを独自進化させているように思えます。UIも洗練されていますし。そしてグループメッセージング・ジャンルのグローバルスタンダードを狙っているような野心を、僕も感じます。また、Android版で既に実装されているFB接続を含め、様々な機能がプラグイン化されており、追加機能の実装の容易さと、旧バージョンとの互換性が考慮されているようです。アーキテクチャにおいても、他の同種アプリを既に超越していると思います」



「僕も、現在はWeixin、LINEの二強だと思います。また中国以外の世界はLINE優位、というのも同感です。カカオはもう厳しいでしょうね。LINEに完全に食われました」



 中国インターネット事情によると、Weixinを運営する中国ネット大手テンセント社が既にWeixinに対して1億元以上の資金を投入しており、製品チームの人数も最初の10人から80人以上に増強しているという。バージョン3.5からは100カ国以上での登録が可能になっており、本気で世界を獲ろうと考えていることがうかがえる。



 当然のことながら、現在のこの2強に対して世界のIT企業が「待った」をかけてくることになる。



 インド財閥とソフトバンクの合弁企業Bharti SoftBank(SBS)は、恐らく年内にもモバイルのソーシャルサービスを投入してくることだろう。10億人のインド人を狙ったサービスだ。Bharti傘下の電話事業者Airtelはアフリカでも積極的に事業を展開している。インドでの普及に成功すれば、アフリカでの展開を狙ってくるのは間違いない。



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 中国の時代の次は、インドの時代、そのさらに先はアフリカの時代、と言われる中で、長期的に見れば大きな可能性を持っているといえそうだ。



 次の覇権を狙う人たちの間では「Facebook恐るに足らず」という意見が主流だが、Facebookはモバイルに本気だ。モバイルの利活用で世界の最先端を走る日本でのモバイル開発者向けイベントにFacebookのCEO、Mark Zuckerburg氏がサプライズで登壇したのも、Facebookがモバイルに本気であることを示す1つの例だろう。



 一般消費者にとってはパソコンよりもiPhoneのメーカーとして有名なAppleも当然のことながら、モバイルのソーシャルサービスに力を入れてくるだろう。iTunesをソーシャル化しようとした仕組みはそれほど利用されてないようだし「Appleはソーシャルを理解していない」という意見もあるが、それでもiPhoneという世界をリードするモバイル機器がここまで広く普及しているという点で、Appleは侮れない存在だ。



 もちろんFacebookの次の覇権争いはまだまだ緒戦。ノーマークの企業が突然、最前線に踊り出す可能性だってある。ただ領域はモバイルであることは間違いない。モバイル利活用で世界をリードしているのはやはりまだ日本。日本から次の覇者が誕生する可能性がないとは言い切れない状態だ。