このテーマについては何度か書いてきたが、しっかりと説明し切れていない感があるので一度まとめて書いておきたいと思う。



 Googleに代わってFacebookが時代の覇者とみなされるようになった。このことにはだれも異論がないと思う。そしてFacebookが覇権を握ったことで次の覇権争いが始まっている、ということに対しても異論はないだろう。



 そしてその覇権争いの場は、モバイルになった。この見方については多少異論もありそうなので、簡単にわたしの考えを述べたい。パソコンは、「1つのデスクの上に1台」というマイクロソフトが当初掲げていた目標は達成した。同社の目標通り、ほとんどすべてのホワイトカラーがパソコンを使うようになった。



 しかしパソコンは一人一台まで普及しなかった。



 代わりに一人一台の普及が見込めそうなのがスマートフォンである。出荷台数ではスマートフォンがパソコンを既に抜いたし、普及率でもスマートフォンは9割を超えるようになるだろうと思う。



 なのでスマートフォンに代表されるモバイル領域での覇者が、IT業界の次の覇者になるはずだ。



 そしてそのモバイル領域でFacebookは必ずしも有利ではない、と私は考えている。この主張に対しては異論もあることだろう。Facebook自体、モバイル領域を最重要課題と考えていて人、モノ、カネのリソースを大量に投入しているようだ。それでもFacebookはこの戦いに勝てない。



 なぜか。




 Facebookのモバイルアプリを使っている人の中にはその理由が分かる人がいると思う。



 モバイルアプリが使いづらいからだ。



 なぜ使いづらいかというと、機能が多過ぎてサクサク動かないからだ。パソコンをベースにしてサービスが設計されているので、それをモバイルとして再現しようとすると、どうしても機能が多過ぎて動作が遅くなる。



 パソコン上でのFacebookユーザーは、Facebookの各種機能を理解しているのでまだなんとかFacebookのモバイルアプリを使いこなせるが、パソコンを使っていない人が初めてスマートフォンを手にしてFacebookモバイルアプリを使おうとするとほとんどの人がすぐに挫折すると思う。実際にインドの電話会社大手Airtelでは、携帯電話を購入して生まれて初めてインターネットに触れたユーザーのFacebook離脱率が非常に高いのだという。Facebookの評判を聞いて使おうとするのだが、使い方が分からず諦めるのだそうだ。



 モバイル機器向けのサービスは、モバイル機器向けに1からデザインしたサービスのほうが有利なのである。



 このことはグリーの田中良和氏もインタビューの中でそう語っている。一度はパソコン上でmixiとのSNSシェア争いに負けたGREEがモバイルの領域で見事な復活劇を見せたのは、GREEをモバイルだけで成立するサービスに1から作りなおしたからだと田中氏は指摘している。(関連記事:日本の異能 グリー田中良和【湯川】



 だからFacebookはモバイルの領域で覇権を握ることは非常にむずかしいと思う。Facebookの経営者やエンジニアが無能だと言っているわけではない。1つの領域で成功した企業は次のパラダイムでの成功は望めない、という「イノベーションのジレンマ」と呼ばれる一般的な法則を指摘しているのだ。覇権が移行するからといってFacebookがだめになる、と主張しているわけではない。これまでIT業界で一度は覇権を握ったことのある企業は、どこも優良企業として今日も社会に価値を提供し続けている。IBMしかり、マイクロソフト、Googleだってそうだ。Facebookが今後もユーザーにとって重要な価値を提供し続ける企業であることは、間違いないだろう。



 さてイノベーションのジレンマのせいでFacebookが次の覇権を取れないのだとすれば、覇権はだれの手に落ちるのか。



 最有力候補は、中国のネット大手の腾讯(Tencent テンシュン téngxùn)が開発した微信(Weixin ウエイシン wēixìn)と韓国NHNの子会社NHN Japanが開発したLINEである。



 と私は考えるのだが、この考えに対しては反論も多い。



 主なものは、両方ともメッセージングサービスやチャットサービスを今風にアレンジしただけのものじゃないか、という意見。両方とも、そんなに新しいサービスじゃない。SkypeにしろMSメッセンジャーにしろ、昔から同じようなサービスがあるのに、なぜ今WeixinとLINEが次の覇者になると主張できるのか。というような反論だ。



 Skype、MSメッセンジャーと、Weixin、LINEの違いは何なのか。それはFacebookより前に出たサービスか後に出たサービスかということだ。この単純なことが重要な意味を持っている。



 このことを説明するために15年ほどのインターネット商業利用の歴史を振り返ってみよう。



メディア+マネタイズで時代は移行する





 これまでのインターネット業界の歴史を見てみると、覇権移行にはある一定のルールがある。それは、圧倒的多数のユーザーを集める一種のメディアビジネスと、そのマネタイズを可能にする新しい手法が合わさったときに、1つの時代が始まるということだ。



ポータル + バナー広告



 最初はポータルが登場した。多くの人がYahoo!を利用し始めたのだが、Yahoo!がどうマネタイズするのかだれにも予測できなかった。やがてYahoo!はバナー広告で大成功した。Yahoo!は時代の覇者になった。



検索エンジン + 検索連動型広告



 次に人々がGoogleの検索サービスに殺到し始めた。Googleはバナー広告を表示するつもりはなさそうだし、マネタイズの形が見えなかった。なのでしばらくはだれもGoogleを時代の覇者とみなさなかった。Googleの覇権が決定的になったのは、検索連動型広告という新しいマネタイズ手法で収益化に成功し莫大な株価を達成するようになってからである。



 バナー広告は言わば、雑誌広告の発想をネット上に持ち込んだものだった。一方で検索連動型広告は、検索のキーワードに関連した広告を表示するというネットならではの新しい考え方に基づくものだった。ネットにはネットならでは広告手法が合うということにだれもが気づき、そして実証されたわけだ。



SNS + ソーシャル広告



 次にFacebookにユーザーが集中した。しかしソーシャルメディア上で広告や物販は成立しないという意見が多かった。実際にFacebookは広告でそれほど収益を上げていない。Facebookが今日掲載している広告は、ユーザー属性やページの内容に関連する広告というGoogleで実証された広告の考え方に沿った広告なのだが、一定の効果しかないようだ。



 それでもFacebookは株式を公開することができた。どうしてか。それはバナー広告でも検索連動型広告でもない新しいマネタイズの方法が可能であると考える投資家が増えてきたからだ。



 どのようなマネタイズなのだろう。ソーシャル広告や仮想通貨になるのではないか、という意見が主流だ。ソーシャル広告とは、仲のいい少人数のグループの中に情報を投下し友人からの口コミで購買意欲を高めるような広告で、その原型ともいえる施策がmixi上で既に始まっている。(関連記事:ソーシャル広告世界最先端 mixi Xmas、NikeiDを成功させたバスキュールが見る未来の広告とは【湯川】



 FacebookのPaul Adams氏の著書「Grouped」の中で同氏は「米国のマーケターは、インフルエンサー重視から、少人数の仲のいいグループを重視するマーケティングに移行し始めた。これがマーケターにとって2010年代の重要なテーマになるだろう」と語っている。ソーシャル広告が今後米国の広告、マーケティングの主流になる、という指摘だ。Facebook主催の開発者向けイベントでこの本の内容が正式に紹介されていることからみても、この主張がFacebookの経営陣の考え方に沿ったものであることが分かる。



 マスメディアに代わって情報のパイプとなり、その上でソーシャル広告が今後大きく花開くという考えである。実際にFacebookのある幹部は、検索連動型広告向け予算をGoogleから奪取することは難しいが、マスメディア向けの広告予算の大部分を狙っていきたいと、以前あるイベントで語っていた。



 世界中のマスメディア広告に向けられた予算の大半がFacebookの収益になる可能性があるー。投資家はそう考えてFacebookに投資しているわけだ。



 単純に広告を貼り付けていた時代から、情報の内容に沿った広告を表示する時代になり、人間関係をベースに情報を流す時代に。15年強のインターネット商業利用の歴史は、このように移り変わってきているわけだ。



 これからの時代、つまり人間関係をベースに情報を流す時代に一番大事なのは、人間関係のデータである。だれとだれが仲良しで実際にどの程度頻繁にどのような種類の情報を流しているのか、というデータである。これを持っているところが、マスメディアに代わって情報流通のインフラになれる。



 今日現在、この情報流通インフラの世界最大手はFacebookである。



 しかしユーザーの主流デバイスはパソコンからスマートフォンに移行しつつある。スマートフォンで人間関係のデータを押さえることができているのが、今のところ腾讯(Tencent テンシュン téngxùn)の微信(Weixin ウエイシン wēixìn)とNHN JapanのLINEである。





次の覇者はノーマークの領域から出現するもの





 さてこの流れを理解した上で、話を少し戻そう。Skype、MSメッセンジャーと、Weixin、LINEの違いは何なのか、という反論に対するわたしの考えを述べたい。Facebook前のサービスとFacebook後のサービスとの違いについて述べてみたい。



 Facebookより前の時代では、人間関係のデータ(ソーシャルグラフ)を使った広告、マーケティング手法が可能かどうかだれも分からなかった。Skype、MSメッセンジャーの運営者たちがソーシャル広告の可能性を理解していたかどうか分からないが、少なくとも業界全体としてSkypeやMSメッセンジャーを広告、マーケティングのインフラとして利用しようという動きはなかった。なのでSkype、MSメッセンジャーは、メッセージングサービスという1つの機能として成立するしかなかった。



 ところがFacebookが人間関係データを活用するインフラとしての可能性を見せてくれたおかげで、業界全体としてこのインフラを利用しようという動きになっている。今後登場するであろうコミュニケーション系サービスも、人間関係データを活用するインフラを目指していくことだろう。



 これがFacebook前のサービスと後のサービスの大きな違いだ。人間関係データを持つサービスを新しい広告、マーケティングのインフラとして利用しようという機運が業界の中に存在するのかどうかということだ。機運が今高まっているからこそ、LINE、Weixinはインフラの道を歩めるわけだし、その機運がまったく存在しなかったからこそSkype、MSメッセンジャーは広告のインフラにはなれなかったわけだ。



 最後に簡単にまとめたい。



 マスメディアに取って代わる広告、マーケティングインフラとしてFacebookに対する期待が高まっている。なぜなら情報は上から下への一方通行ではなく、横同士で流れるようになるからで、横同士の情報の流れがどのように起こっているかというデータを一手に押さえているがFacebookだからだ。



 ところがユーザーの主流デバイスはパソコンからスマートフォンへと急速に移行している。イノベーションのジレンマのおかげで今後、Facebookはスマートフォンの領域で厳しい戦いを強いられる。



 そこで頭角を表したのがスマートフォンをベースにしたSNSのLINEとWeixin。Facebook以上に多くの人の人間関係のデータを入手できる可能性があるし、業界全体としても、これらのサービスが持つ人間関係データを活用したいという機運が高まってきた。



 次の覇者候補としてはWeixinとLINEが2強。Weixinはグローバルバージョンを「WeChat」に改名し、中国語圏以外の領域での普及に本腰を入れてきた。



 ここまでが今現在、起こっていることである。



 次にどのようなことが起こるのだろうか。



 当然、腾讯(Tencent テンシュン téngxùn)とNHN Japan以外の有力プレーヤーもコミュニケーションサービスの領域でFacebookの次を狙っている。グリーの田中良和氏は以前のインタビューでそう明言しているし、DeNAも「ソーシャルゲームと心中するつもりはない」としている。(関連記事:日本の異能 グリー田中良和【湯川】「ソーシャルゲームと心中はしない」売上高を強調するDeNA経営の強さ【湯川】#ivs



 ソフトバンクはインドの財閥Bhartiと組んで、同様のモバイルコミュニケーションツールを夏にも投入してくるものとみられている。(関連記事:「モバイルで世界的グレートカンパニーを目指す」 ソフトバンクと組んだインド財閥御曹司の野望【湯川】



 このようにFacebookの次の覇権争いは、俄然アジアが元気だ。ところが米国のメディアを見ていてもアジアにまったく注目していない。言語の問題もあるのだろう。



 日本国内においても中国ネット企業の動向に対する情報ニーズは低い。腾讯(Tencent テンシュン téngxùn)がWeixinのグローバル版をWeChatに改名し初めて中国語圏外に照準を当てたというニュース「ユーザー1億人の中国Weixinが大幅バージョンアップ グローバル版を「WeChat」に改名しFacebookの次を狙う【湯川】」を記事にしたのが、4月19日16時30分。同日23時過ぎにはてなブックマークを見にいくと、はてなブックマークは1つしかついていなかった。たったの1つ。まったくノーマークだ。



 ノーマークであればあるほど次の覇者にとっては好都合。そういう意味でも、今アジアにものすごいチャンスが存在しているといえる。





お知らせ



 最有力候補の腾讯(Tencent テンシュン téng xùn)とその周辺の状況を見るために珠江デルタに行くツアーを組むことにしました。現在腾讯にインタビューを申し込んでいます。実現するのかどうかはまだ分からないのですが、日程は7/5(木)から7/8(日)で確定。あまり多くの人が参加すれば移動などが大変になるので9名限定にします。まもなく正式告知しますが、枠が少ないのでどうしても参加したいという方はツアーを企画している渡邊昌資さんに事前に連絡してみてください。masashicareer@gmail.com