特許からも企業が進もうとしている方向性は分かる。ただ特許を取得した技術を製品化するかどうかは、そのときの市場の状況とも関係するので、実際には分からない。製品化するにしろ、いつになるのかも予測できない。しかし人材の流動性が高い米国では、企業が特定のスキルを持つ人材を雇用すれば、そのスキルに関する製品・サービスにプロジェクトが本格的に始まったことは間違いなく、クビにすればそのプロジェクトが終わったこともほぼ間違いない。

Appleがヘルスケアに興味を持っていることは、これまでに同社が取得したヘルスケア関連アプリなどに関する特許で明らか。ところが最近同社が雇用したヘルスケア関連人材の顔ぶれを見れば、Appleがかなり本気でヘルスケア領域に進んでいこうとしていることがうかがえる。健康管理のアプリや時計型デバイスを開発するためだけに、これらの人材を集めたとは到底思えない。Appleは、より大きな市場に進んでいこうとしているのではないだろうか。

僕の憶測は一番最後にして、まずはどのような人材を集めたのか見ていこう。


★生体センサー、フィットネス、プライバシーの専門家がずらり

Appleは2013年7月に、フィットネスの専門家として有名なJay Blahnik氏を雇用している。ウィキペディアによると、同氏はエクササイズ本「Full-Body Flexibility」の著者で、ロサンゼルス・タイムズなどに寄稿しているほか、エクササイズビデオを多数制作している。Nikeとは18年以上もコンサルタント契約を結んでおり、オンラインコミュニティ「Nike+Running」の運営や、「Nike Training Club」アプリの開発に携わっている。リストバンド型ウエアラブルのFuelBandなどのデジタル系プロジェクトでも中心的な役割りを果たしているようだ。

このほか米ニュースメディアMacRumorsによると、2013年7月からAppleは、Michael O'Reilly氏を雇用しているという。同氏の前職は、生体信号処理技術の大手Masimo社のChief Medical Officer。同社は、吐息の二酸化炭素をワンタッチで測定できる手のひらサイズの緊急用カプノメーターや、スマートフォンに接続することで動脈血酸素飽和度や脈拍数、脈波系などを計測できるパルスオキシメーターなどの開発に成功している。ただ同氏のLinkedInの情報によると、現在の勤務先はAppleに近いスタンフォード大学医学部になっている。Appleとは、アドバイザー契約なのかもしれない。

Appleが雇用したヘルスケア関連人材は、まだまだいる。Nancy Dougherty氏は、transdermal medication deliveryのベンチャー企業Sano Intelligence社のハードウエアの責任者だった。Sano Intelligenceは、血液関連のデータを常時採取しモバイル機器に送信し続けるウエアラブル機器を開発中のベンチャー。一部報道によるとシール型センサーを血管の上の皮膚に直接貼るだけで血糖値、カリウム、腎臓機能、電解質バランスなどのデータを収集できるのだという。センサーには電池が搭載されていて一週間は連続使用が可能。価格も1センサー辺り1ドルから2ドルに押さえることができるという。Dougherty氏のLinkedInのプロフィールによると、Sano社で「電気系統のデザイン、検査、統合の責任者。設計、組み立ての業者との関係管理」を行ったと書いているので、センシング技術をハードウエアという製品に落とし込む実務を担当していたのだろう。またSano社の前には、Proteus Digital Health社でBluetooth搭載の錠剤型ウエアラブルの開発に携わっている。

Ravi Narasimhan氏は、ヘルスセンサー系ベンチャーのVital Connect社の研究開発部門の責任者だった。同社は、胸や背中につけることで、転倒したり、心拍数、呼吸数などを生体信号の変化を察知するシール型サンサー「HealthPatch」を開発している。同氏はヘルスセンサーに関する特許も数多く取得している。HealthPatchは心拍数、呼吸数、転倒監視のほかに、皮膚温度、ストレスレベル、睡眠段階、なども測定できるという。採取したデータは無線でiPhoneなどのiOSデバイスに送信され、専用アプリで集計できるようだ。

Ueyn Block氏は、元C8 MediSensors社の開発部門のディレクターだった。同社は腹部にベルトで固定する小型ウエアラブルデバイスで無針で血糖値を計測するデバイスの開発を進めていたが、結局実用化できずに終わってしまった。

Todd Whitehurst氏は、Senseonics社のハードウエア開発者。無針で血糖値を測定できるデバイスの開発を進めていたが、Appleに参画した。

このほかにもPhilips社で睡眠をモニターする技術を研究していたRoy Raymann氏もAppleの社員になっている。

一方、2014年4月にAppleが雇用したばかりのSabrina Ross氏は、カリフォルニア州の弁護士でプライバシー問題の専門家。前職は、低所得者層の健康管理を推進するNPOであるCareMessageの理事。同氏のLinkedInのプロフィールによると、同氏はプライバシーやデータ保護などインターネットや情報に関する法律の専門家で、実務内容は、プライバシーコンプライアンスのシステム開発、データセキュリティ訓練、リスク分析など、としている。


★時代は治療から予防治療、ヘルスケアへ

ここまでオールスターチームを採用しておいて、手がけるのが、健康管理アプリ「Healthbook」とウエアラブルデバイス「iWatch」だけ?そんなことありえるだろうか。

AppleのCEOのTim Cook氏は、「センサーの領域はいずれ爆発的に成長する。今も既にその兆候はあるが、あちらこちらでバラバラに発生している。だが時間とともに爆発的成長がだれの目にも明らかになるだろう」と語っている。そうした技術面でのブレークスルーを目前に控え、Appleは勝負に出たのだろう。

一方で医療費の高騰は、先進国共通の悩み。日本などは高齢化が進み医療費がこのまま高騰し続ければ、経済が破綻してしまうとさえ言われている。各国ともこれからは医療、治療より、予防治療、ヘルスケア、フィットネスに力を入れていく傾向であることは間違いない。法律や制度も、その方向に次々とシフトしていくことだろう。

技術面、法制度面で、ヘルスケアに追い風が吹こうとしているわけだ。

この追い風に乗ってAppleは、ヘルスケア関連の生体データが集まるプラットフォームを作ろうとしているのだろう。それがiOS8に搭載されるとうわさされているHealthBookだ。

これまでにも体重は体重計のメーカーが、心拍数はリストバンドのメーカーが、それぞれネット上に自動的にアップできるようにしているが、これらのデータはネット上に別々に存在するだけ。それらを一手に集めることのできるプラットフォームはまだない。

そうしたプラットフォームに膨大な量の生体データが集まるようになれば、これまで分からなかった生体データと疾患の関係が分かるようになるかもしれない。インフルエンザがどの地域にどんな速度で伝染しているのかリアルタイムで分かるようになるかもしれない。薬の効果や、副作用も、はっきりとしたデータでつかめるようになるかもしれない。リストバンドからのデータで、心臓発作の数時間前にアラートが表示され、病院に駆けつけることで命が助かるようになるかもしれない。

どのようなことが可能になるのか。憶測の域を出ないものの、すべての生体データが集まるプラットフォームが存在することの社会的価値が、果てしなく大きくなるのは間違いないだろう。

そうしたプラットフォームを作る方法は2つ。1つは関係する企業や組織が、業界団体を作って共通の標準技術仕様を策定する方法。もう1つは力のある企業が、一気に標準仕様を決めてしまう方法だ。望ましいのは前者だが、参加企業の思惑がぶつかり合ってなかなか標準化が進まないのも事実。先進国のスマートフォンの市場シェアの約半数を押さえるAppleなら、標準仕様を決めて業界を引っ張っていく力はある。

もちろん生体データが1ヶ所に集まることで、プラバシーなどの問題が懸念される。そこでAppleはプライバシー問題の専門弁護士のSabrina Ross氏を4月から雇用したのだろう。

Googleは、世界中のインターネット上の情報の整理をしようとした。Appleは今、世界中の生体データの整理をしようとしているのではないだろうか。



この記事は、BLOGOSメルマガの無料版の記事です。
より詳しい情報はBLOGOSメルマガ(有料版)でどうぞ。

【お知らせ】
TheWave湯川塾21期塾生募集開始
激変するApple戦略の先を読め!医療、自動車、etc・・のビジネスチャンス
http://thewave.jp/archives/1510