写真はTheWave湯川塾で講師をしていただいたときの二宮博志氏
プリンターの歯車などを作っている中堅メーカーの2代目社長が、超精密なお城の模型を開発し、このほどなんとか発売にこぎつけた。「小学校のときから、お城が大好きだったんです」。そう言うだけあって、細かな部分にまでこだわって、こだわりぬいた製品だ。確かにマニア垂涎の製品には違いないが、値段は安くはなく、ヒットするかどうかは分からない。
「好きなことを仕事にすべき」「世の中、そんなに甘くない」。世論が2つに分かれる中で、「好きなことを仕事に」を貫いた中小企業社長の苦悩と学びを追った。果たして結果は、ハッピーエンドなのだろうか。
神奈川県横浜市に本社を置くパートナー産業株式会社はOA機器関連部品のメーカー。プリンターの給紙部分の一方向にしか回転しない歯車の独自技術で大きく成功した。ただ時代はペーパーレス化が進んでいる。同社の二代目社長である二宮博志氏は「タブレットが普及すれば、プリンターを使わない時代がくるのでは」という危機感を覚えていた。
そこで新商品の開発に乗り出すことになった。大手の下請けでなく消費者向けの自社製品が欲しい。社内会議の末、キャラクターグッズの試作品を作って、コンビニエンスストアの本部などに営業をかけたこともあった。ところが、先方が難色を示したり、ちょっとでも困難に直面すると、途端に意気消沈してしまい「もうやめようか」という気持ちになる。商品に対する思い入れがないと、新商品の開発プロジェクトに粘り強く取り組めないことが分かった。
「どんな商品が世間に受け入れられるかと考えるより、オレたちはこんな商品が欲しいんだというものを作ったほうがいいんじゃないか」。そう考えた二宮氏は、社内で再度「自分がほしい商品」のアイデアを募集した。しかし下請けに慣れた企業文化からは「自分が欲しい商品」のアイデアはなかなか出なかった。父親の仕事を継ぐ前は商社マンだった二宮氏は「メーカーの経験がなかった自分だからこそ、自分たちが好きなモノを作ればいいじゃんって気楽に言えたんだと思います」と話す。
結局、二宮氏の「好きなモノ」であるお城のジオラマを開発しようという話になった。二宮氏の「こんなジオラマが欲しい!」という強い気持ちと「絶対売れるはず!」という単純な思い込みだけで開発プロジェクトが始まった。市場調査は一切行わなかった。
城のジオラマ。考えただけで二宮氏は、ワクワク感がとまらなかった。見ただけで感動するもの。リアリティがすごく高いもの。大人のための高級模型。考え出すと、ワクワクして夜も眠れなくなった。
一方で不安な気持ちになることもあった。「自分の趣味に費やす時間があるんだったら、既存のお客さんを回って営業すべきじゃないのか」「失敗したらどうしよう」「二代目ボンクラ息子が会社をだめにしたって、言われないだろうか」。創業者が失敗しても周りからそれほほど非難されないが、二代目に対する世間の目は冷たい。失敗すれば「二代目のボンクラ息子」と徹底的に非難される。
二宮氏の心は、ワクワク感と不安との間でまるで振り子のように大きく揺れた。
そんなとき友人が漫画「宇宙兄弟」の中に出てくる名セリフを教えてくれた。「迷ったときはワクワクする方を選べ」。「そうだ!間違ってないんだ」。その言葉に背中を押されるカタチで、二宮氏は前へ進み出した。
市販されている城のプラモデルは、有名なお城の天守閣ばかり。二宮氏は「城という字は、土が成ると書きます。お堀を含め周辺地形そのものが城なんです。天守閣なんて飾りに過ぎません」と熱く語る。なので同氏は、三河長篠城というマニアックなお城の地形の全体像を、ジオラマとして再現しようと考えた。
パートナー産業は、OA機器の部品メーカー。城のジオラマ製造の経験は当然まったくない。長篠城跡の地形をデータ化する必要があったが、どうすればいいかまったく分からない。とりあえずGPSロガーと呼ばれる位置情報記録機を購入し自宅近くの城跡を計測しながら歩き回ってみた。しかし地形の凹凸をすべてカバーするには、道がないような崖の部分までをも歩き回る必要がある。正確な地形データはとてもじゃないが採取できない。せっかく購入したGPSロガーは無駄になった。
さて、ではどうすればいいのだろう。よく分からないまま、ネット検索で見つけた3Dマップの会社を訪問してみた。航空写真を撮って3点測量の原理を応用することで、地面の凹凸まで計算できるということを教えてもらった。そして小型飛行機をチャーターし写真を撮影して、地形データを作ることに成功した。
ただそれは現在の地形データであり、お城があった15世紀の正確な地形データではない。そこで発掘資料などを読みあさって、当時の遺構をできる限り忠実に特定していった。3Dデータの扱い方も分からなかったので、3Dデータを扱う友人の会社に社員を出向させて、使い方を教えてもらった。3Dソフトも無料のものを利用した。
ここまでは二宮氏の「作りたい」という思いだけで突き進んできた。しかし自分だけではどうしようもないことも増えてきた。やはり専門家の協力が不可欠だった。
そんなとき登山家栗城史多氏の講演で聞いた話を思い出した。「『夢を叶える』の『叶える』という字は『口』と『十』を書く。夢を叶えるには、夢をいろんな人に10回以上離さないといけない」というような話だった。
二宮氏には「城を作りたいって話したらバカにされるんじゃないか」という恐れがあった。OA部品とはまったく無縁の領域に挑戦するわけだ。しかもそれは自分の趣味の延長。心ない人から、陰で笑われるかもしれない。そんな恐れを振り切らせてくれたのが、栗城氏の言葉だった。FacebookやTwitterなどでも自分の夢を積極的に語り始めた。そうすると不思議なことに情報提供者や協力者が次々と現れ始めた。
二宮氏はサラリーマン時代に1冊の本に出会った。その中には城郭研究家として有名な藤井尚夫氏の俯瞰図が描かれてあった。その完成度の高さに感動した二宮氏は、「自分が最高の価値を見出している藤井氏に製品の監修と箱の絵を書いてもらいたい」と思ったという。ただそんな図々しいお願いをしたら、バカにされるんじゃないか。断られて、これで夢が終わってしまうんじゃないか。そんな思いもあった。震える手で、藤井氏に電話を掛けてみた。意外にも、藤井氏は「おもしろい。やりましょう」と二つ返事で応じてくれた。打ち合わせのため藤井氏とは渋谷のカフェで会うことになったが、すぐに意気投合しコーヒー一杯で7時間も城と歴史の話で盛り上がったという。
また音楽を聞きながらジオラマを作ってもらいたいと思い、音楽CDを製品につけたいと思った。音楽関係者で唯一の友人にその夢を語ったところ、あこがれのギタリスト、シャケこと木暮武彦氏が友人の知り合いであることが分かり、同氏にギターを弾いてもらえることになった。
自分のあこがれの人たち、雲の上の人と思っていた人たちが自分に協力してくれる。二宮氏にとって奇跡のような話だった。
最大の難関は金型だった。あまりに緻密な金型なためコストが跳ね上がり、金型のメーカーから提示された見積りが予想を大幅に上回ったのだ。出展を決めたおもちゃショーまであと2ヶ月。「もはやこれまでか」。二宮氏は頭を抱えた。
そんなとき社員が「社長、だいじょうぶですよ。なんとかなりますから」と励ましてくれた。二宮氏の思いが社員に伝わり、このプロジェクトが二宮氏一人のプロジェクトから、会社としてのプロジェクトに成長していたのだった。
そんなとき、少し前に付き合いが始まった金型メーカーに、藁をもつかむ思いでこのことを話した。すると、なんと「出来ますよ」という返事。見積りをもらうと安くはなかったが、なんとか支払えるギリギリの金額。早速注文しギリギリのタイミングで試作品をおもちゃショーに出展できた。
「その金型メーカーも数か月前にプラモデル業界とのパイプができたばかり。それより前に相談していたら断れれていたかも。絶妙のタイミングで物事が進んだんです」と二宮氏は語る。
完成したジオラマ「三河長篠城」は、二宮氏の思いがいっぱい詰まった製品となった。
城壁には銃を設置する穴が空いているのだが、小さ過ぎて顔を近づけなければ穴が空いていることさえ分からないほど、こだわりにこだわり抜いた製品になっている。
音楽CDのほかにも、三河長篠城の知られざる歴史や人物について解説したモック本も付いている。モック本の中の原稿は、二宮氏が一人で書き上げた。また俯瞰図にスマートフォンのカメラを近づければ3Dの絵が飛び出すAR(拡張現実)と呼ばれる仕組みまで搭載されている。
昨年6月に出展した東京おもちゃショーでは黒山の人だかりができた。10月に出展した全日本模型ホビーショーでは「絶頂期のタミヤ(プラモデルのトップメーカー)でも、ここまでの金型は作っていないと思うよ」とある来場者が絶賛してくれた。新聞や雑誌の取材が殺到し、人気テレビ番組「タモリ倶楽部」が取り上げてくれることになった。
タモリ倶楽部は、大人向けのこだわりの逸品を取り上げることで有名な番組。実は二宮氏は、開発の初期段階から、製品が完成してタモリ倶楽部に取り上げられることを密かに夢想していた。その夢が叶った。二宮氏にとって奇跡が連続したわけだ。
ところがあまりにこだわり過ぎたため、販売価格は1万円を超えてしまった。これでも数千個販売しないと黒字にはならない。果たして大ヒットとなるのだろうか。
勝負はシリーズの2作目。現在開発中の2作目の高天神城で、シリーズとして弾みがつくかどうかだと二宮氏は考えている。反対にもし3作目でシリーズが軌道に乗らなければ、この事業から撤退する可能性もあるという。
金銭的な成否は結果がまだ出ていないが、二宮氏自身は、この事業で多くのことを学んだという。
1つは、つながりが大事だということ。「直感を大事にして、協力してくれる人、やりたいことにつながっていったときに、偶然にいろいろなことがうまく行くことが分かった」と二宮氏は言う。そのつながりを生むのは、自分の熱意、本気度、ワクワク感。「お金もなかったし、やり方も分からなかった。あったのは熱意だけ。でもたいていのことは本気でやれば、できるということが分かった」と二宮氏は言う。
また「自分の好きなことで社会貢献ができることも分かった」という。地方にはすばらしいものがたくさん存在するのに、みんな気づかない。「地元のよさを見つめてもらいたい」。そんなメッセージを込めるためにも、有名な城ではなく三河長篠城を選んだ。添付したモック本の中でも、有名な戦国武将ではなく、比較的無名な人物の話を載せた。地域活性化の起爆剤になってくれればという思いもあるという。またこの事業の立ち上げに関する講演のオファーももらうようになった。そうした講演を通じて、イキイキと前向きに生きる人が一人でも増えれば、それは1つの社会貢献のカタチだと二宮氏は考えている。
そして何よりもこの事業を通じ二宮氏は、好きなことを仕事にし自分の人生を生きることの大事さを学んだ、と言う。
果たして二宮氏の言うように、好きなことを仕事にすべきなのだろうか。それとも世の中、それほど甘くないのか。
金銭的な成功を伴わないこの段階で、果たしてあなたはどう思うだろうか。この話はあなたにとって、サクセスストーリーなのだろうか、失敗談なのだろうか。
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プリンターの歯車などを作っている中堅メーカーの2代目社長が、超精密なお城の模型を開発し、このほどなんとか発売にこぎつけた。「小学校のときから、お城が大好きだったんです」。そう言うだけあって、細かな部分にまでこだわって、こだわりぬいた製品だ。確かにマニア垂涎の製品には違いないが、値段は安くはなく、ヒットするかどうかは分からない。
「好きなことを仕事にすべき」「世の中、そんなに甘くない」。世論が2つに分かれる中で、「好きなことを仕事に」を貫いた中小企業社長の苦悩と学びを追った。果たして結果は、ハッピーエンドなのだろうか。
★売れそうな商品から、自分の好きな商品へ
神奈川県横浜市に本社を置くパートナー産業株式会社はOA機器関連部品のメーカー。プリンターの給紙部分の一方向にしか回転しない歯車の独自技術で大きく成功した。ただ時代はペーパーレス化が進んでいる。同社の二代目社長である二宮博志氏は「タブレットが普及すれば、プリンターを使わない時代がくるのでは」という危機感を覚えていた。
そこで新商品の開発に乗り出すことになった。大手の下請けでなく消費者向けの自社製品が欲しい。社内会議の末、キャラクターグッズの試作品を作って、コンビニエンスストアの本部などに営業をかけたこともあった。ところが、先方が難色を示したり、ちょっとでも困難に直面すると、途端に意気消沈してしまい「もうやめようか」という気持ちになる。商品に対する思い入れがないと、新商品の開発プロジェクトに粘り強く取り組めないことが分かった。
「どんな商品が世間に受け入れられるかと考えるより、オレたちはこんな商品が欲しいんだというものを作ったほうがいいんじゃないか」。そう考えた二宮氏は、社内で再度「自分がほしい商品」のアイデアを募集した。しかし下請けに慣れた企業文化からは「自分が欲しい商品」のアイデアはなかなか出なかった。父親の仕事を継ぐ前は商社マンだった二宮氏は「メーカーの経験がなかった自分だからこそ、自分たちが好きなモノを作ればいいじゃんって気楽に言えたんだと思います」と話す。
結局、二宮氏の「好きなモノ」であるお城のジオラマを開発しようという話になった。二宮氏の「こんなジオラマが欲しい!」という強い気持ちと「絶対売れるはず!」という単純な思い込みだけで開発プロジェクトが始まった。市場調査は一切行わなかった。
★ワクワク感と不安との振り子状態に
城のジオラマ。考えただけで二宮氏は、ワクワク感がとまらなかった。見ただけで感動するもの。リアリティがすごく高いもの。大人のための高級模型。考え出すと、ワクワクして夜も眠れなくなった。
一方で不安な気持ちになることもあった。「自分の趣味に費やす時間があるんだったら、既存のお客さんを回って営業すべきじゃないのか」「失敗したらどうしよう」「二代目ボンクラ息子が会社をだめにしたって、言われないだろうか」。創業者が失敗しても周りからそれほほど非難されないが、二代目に対する世間の目は冷たい。失敗すれば「二代目のボンクラ息子」と徹底的に非難される。
二宮氏の心は、ワクワク感と不安との間でまるで振り子のように大きく揺れた。
そんなとき友人が漫画「宇宙兄弟」の中に出てくる名セリフを教えてくれた。「迷ったときはワクワクする方を選べ」。「そうだ!間違ってないんだ」。その言葉に背中を押されるカタチで、二宮氏は前へ進み出した。
★分からないことだらけ
市販されている城のプラモデルは、有名なお城の天守閣ばかり。二宮氏は「城という字は、土が成ると書きます。お堀を含め周辺地形そのものが城なんです。天守閣なんて飾りに過ぎません」と熱く語る。なので同氏は、三河長篠城というマニアックなお城の地形の全体像を、ジオラマとして再現しようと考えた。
パートナー産業は、OA機器の部品メーカー。城のジオラマ製造の経験は当然まったくない。長篠城跡の地形をデータ化する必要があったが、どうすればいいかまったく分からない。とりあえずGPSロガーと呼ばれる位置情報記録機を購入し自宅近くの城跡を計測しながら歩き回ってみた。しかし地形の凹凸をすべてカバーするには、道がないような崖の部分までをも歩き回る必要がある。正確な地形データはとてもじゃないが採取できない。せっかく購入したGPSロガーは無駄になった。
さて、ではどうすればいいのだろう。よく分からないまま、ネット検索で見つけた3Dマップの会社を訪問してみた。航空写真を撮って3点測量の原理を応用することで、地面の凹凸まで計算できるということを教えてもらった。そして小型飛行機をチャーターし写真を撮影して、地形データを作ることに成功した。
ただそれは現在の地形データであり、お城があった15世紀の正確な地形データではない。そこで発掘資料などを読みあさって、当時の遺構をできる限り忠実に特定していった。3Dデータの扱い方も分からなかったので、3Dデータを扱う友人の会社に社員を出向させて、使い方を教えてもらった。3Dソフトも無料のものを利用した。
★夢を語り、あとはベストなタイミングで物事が前に進む
ここまでは二宮氏の「作りたい」という思いだけで突き進んできた。しかし自分だけではどうしようもないことも増えてきた。やはり専門家の協力が不可欠だった。
そんなとき登山家栗城史多氏の講演で聞いた話を思い出した。「『夢を叶える』の『叶える』という字は『口』と『十』を書く。夢を叶えるには、夢をいろんな人に10回以上離さないといけない」というような話だった。
二宮氏には「城を作りたいって話したらバカにされるんじゃないか」という恐れがあった。OA部品とはまったく無縁の領域に挑戦するわけだ。しかもそれは自分の趣味の延長。心ない人から、陰で笑われるかもしれない。そんな恐れを振り切らせてくれたのが、栗城氏の言葉だった。FacebookやTwitterなどでも自分の夢を積極的に語り始めた。そうすると不思議なことに情報提供者や協力者が次々と現れ始めた。
二宮氏はサラリーマン時代に1冊の本に出会った。その中には城郭研究家として有名な藤井尚夫氏の俯瞰図が描かれてあった。その完成度の高さに感動した二宮氏は、「自分が最高の価値を見出している藤井氏に製品の監修と箱の絵を書いてもらいたい」と思ったという。ただそんな図々しいお願いをしたら、バカにされるんじゃないか。断られて、これで夢が終わってしまうんじゃないか。そんな思いもあった。震える手で、藤井氏に電話を掛けてみた。意外にも、藤井氏は「おもしろい。やりましょう」と二つ返事で応じてくれた。打ち合わせのため藤井氏とは渋谷のカフェで会うことになったが、すぐに意気投合しコーヒー一杯で7時間も城と歴史の話で盛り上がったという。
また音楽を聞きながらジオラマを作ってもらいたいと思い、音楽CDを製品につけたいと思った。音楽関係者で唯一の友人にその夢を語ったところ、あこがれのギタリスト、シャケこと木暮武彦氏が友人の知り合いであることが分かり、同氏にギターを弾いてもらえることになった。
自分のあこがれの人たち、雲の上の人と思っていた人たちが自分に協力してくれる。二宮氏にとって奇跡のような話だった。
最大の難関は金型だった。あまりに緻密な金型なためコストが跳ね上がり、金型のメーカーから提示された見積りが予想を大幅に上回ったのだ。出展を決めたおもちゃショーまであと2ヶ月。「もはやこれまでか」。二宮氏は頭を抱えた。
そんなとき社員が「社長、だいじょうぶですよ。なんとかなりますから」と励ましてくれた。二宮氏の思いが社員に伝わり、このプロジェクトが二宮氏一人のプロジェクトから、会社としてのプロジェクトに成長していたのだった。
そんなとき、少し前に付き合いが始まった金型メーカーに、藁をもつかむ思いでこのことを話した。すると、なんと「出来ますよ」という返事。見積りをもらうと安くはなかったが、なんとか支払えるギリギリの金額。早速注文しギリギリのタイミングで試作品をおもちゃショーに出展できた。
「その金型メーカーも数か月前にプラモデル業界とのパイプができたばかり。それより前に相談していたら断れれていたかも。絶妙のタイミングで物事が進んだんです」と二宮氏は語る。
★黒山の人だかり、「タモリ倶楽部」出演
完成したジオラマ「三河長篠城」は、二宮氏の思いがいっぱい詰まった製品となった。
城壁には銃を設置する穴が空いているのだが、小さ過ぎて顔を近づけなければ穴が空いていることさえ分からないほど、こだわりにこだわり抜いた製品になっている。
音楽CDのほかにも、三河長篠城の知られざる歴史や人物について解説したモック本も付いている。モック本の中の原稿は、二宮氏が一人で書き上げた。また俯瞰図にスマートフォンのカメラを近づければ3Dの絵が飛び出すAR(拡張現実)と呼ばれる仕組みまで搭載されている。
昨年6月に出展した東京おもちゃショーでは黒山の人だかりができた。10月に出展した全日本模型ホビーショーでは「絶頂期のタミヤ(プラモデルのトップメーカー)でも、ここまでの金型は作っていないと思うよ」とある来場者が絶賛してくれた。新聞や雑誌の取材が殺到し、人気テレビ番組「タモリ倶楽部」が取り上げてくれることになった。
タモリ倶楽部は、大人向けのこだわりの逸品を取り上げることで有名な番組。実は二宮氏は、開発の初期段階から、製品が完成してタモリ倶楽部に取り上げられることを密かに夢想していた。その夢が叶った。二宮氏にとって奇跡が連続したわけだ。

★この話はサクセスストーリーなのか?
ところがあまりにこだわり過ぎたため、販売価格は1万円を超えてしまった。これでも数千個販売しないと黒字にはならない。果たして大ヒットとなるのだろうか。
勝負はシリーズの2作目。現在開発中の2作目の高天神城で、シリーズとして弾みがつくかどうかだと二宮氏は考えている。反対にもし3作目でシリーズが軌道に乗らなければ、この事業から撤退する可能性もあるという。
金銭的な成否は結果がまだ出ていないが、二宮氏自身は、この事業で多くのことを学んだという。
1つは、つながりが大事だということ。「直感を大事にして、協力してくれる人、やりたいことにつながっていったときに、偶然にいろいろなことがうまく行くことが分かった」と二宮氏は言う。そのつながりを生むのは、自分の熱意、本気度、ワクワク感。「お金もなかったし、やり方も分からなかった。あったのは熱意だけ。でもたいていのことは本気でやれば、できるということが分かった」と二宮氏は言う。
また「自分の好きなことで社会貢献ができることも分かった」という。地方にはすばらしいものがたくさん存在するのに、みんな気づかない。「地元のよさを見つめてもらいたい」。そんなメッセージを込めるためにも、有名な城ではなく三河長篠城を選んだ。添付したモック本の中でも、有名な戦国武将ではなく、比較的無名な人物の話を載せた。地域活性化の起爆剤になってくれればという思いもあるという。またこの事業の立ち上げに関する講演のオファーももらうようになった。そうした講演を通じて、イキイキと前向きに生きる人が一人でも増えれば、それは1つの社会貢献のカタチだと二宮氏は考えている。
そして何よりもこの事業を通じ二宮氏は、好きなことを仕事にし自分の人生を生きることの大事さを学んだ、と言う。
果たして二宮氏の言うように、好きなことを仕事にすべきなのだろうか。それとも世の中、それほど甘くないのか。
金銭的な成功を伴わないこの段階で、果たしてあなたはどう思うだろうか。この話はあなたにとって、サクセスストーリーなのだろうか、失敗談なのだろうか。
この記事は、BLOGOSメルマガ「湯川鶴章:ITの次の未来」の無料公開部分の記事です。有料部分、購読お申込みはこちら。 今回の有料記事は「Appleファンじゃなくても分かるiWatchの可能性」など。