人工知能。何十年も前からある言葉だ。国家プロジェクトとして研究されていた時期もあった。それでも完成しなかった。やはり人間の脳は複雑で、それをコンピューターで真似することなど不可能かもしれない。
「ところがブレークスルーが起こったんです」と東京大学の松尾豊准教授は熱く語る。
▶2012年。人工知能研究に火がついた
2012年。人工知能の精度を競う国際的な大会で、カナダのトロント大学がぶっち切りの勝利を収めた。それも1つの大会だけではなく、3つ続けてだ。
「優勝したのは、画像認識、化合物の活性予測、音声認識など3つのコンペティション。まったく異なる領域にも関わらず、今までその分野を専門的に研究していた人たちを追い抜いてしまったんです」。Preferred Networksの岡野原大輔氏が解説してくれた。「それが立て続けに起こったので、コンピューターの各分野の研究者は、大きな衝撃を受けました」と言う。
トロント大学が開発したのは、ニューラルネットワークの分野の中のDeep Learningと呼ばれる手法。ニューラルネットワークとは、脳のニューロン(神経細胞)とシナプス(神経細胞結合)の回路を、コンピューター上で再現したもの。人間の脳と同様に、正しい答えを出した回路が強化されるように設計されているので、コンピューターが自分自身で物事を学習していくことのできる仕組みだ。
そのニューラルネットワークを何層にも重ねるのが、Deep Learningと呼ばれる手法。「猫」という概念を理解するために一番下の層のニューラルネットワークが、直線や曲線を認識する。次の層で目や耳という部位が認識される。次の層では目や耳を含む顔が認識される。そして最後の層で身体全体が認識されて、「猫」という概念を理解する。そんな風な仕組みだ。
ドワンゴの人工知能研究所の山川宏所長は「人間がモノを見た場合、視覚から情報が入ってきてそれを脳内で階層的に処理していて、5層か6層のところで抽象的な表現が出てくるって言われています。人間の脳の中の処理のここの部分が、これまではコンピューターではまったくできなかった。それがDeep Learningでようやくできるようになった。長年、超えられない壁だったわけですから、すごくインパクトが大きい話です」と語る。
人間の赤ちゃんは2歳ぐらいで言葉を覚えるようになる。それまでの2年間で、物の概念をつかもうとしているのだという。家の中にはどうやら父親と母親という2人の大人が存在するらしい、という概念を2年間かけて学習する。そのあとに、「パパだよ」「ママだよ」と概念には記号があることを教わるので、初めて「パパ」「ママ」と話せるようになるのだという。
「この2歳までの脳の学習の仕組みをなかなかコンピューターで再現できなかったんですが、それがDeep Learningで可能になったんです」と松尾准教授はその意義を語っている。
▶2年間でさらに進化
「そして2012年から一気に、人間の脳を模した人工知能の研究に火がついたんです。今、ものすごい勢いで研究が進んでいます」と岡野原氏は指摘する。
今年10月には、米Googleが、ニューラル・チューリング・マシンと呼ばれる技術に関する論文を発表している。
国立情報学研究所の市瀬准教授によると、記憶を統合できるようになった仕組みだというが、ドワンゴの人工知能研究所の山川宏所長によると、「まだソート(並べ替え)アルゴリズムくらいですが、プログラムを作れるようになるんです」と言う。山川所長は「自分でプログラムを書ける人工知能を作るというのが、人工知能研究者の長年の夢だったんです。1970年代から80年代にかけては、そういう研究がいっぱいあったんです。ところがほとんどが挫折した。今回発表された論文によると、Googleのニューラル・チューリング・マシンでソートプログラムを書けるようになった。今までできなかったことができるようになったということで、意義は大きいと思います」と解説してくれた。
岡野原大輔氏によると、リカレント・ニューラル・ネットワークと呼ばれる技術も、2012年以降に大きく進歩した技術の1つ。静止画だけではなく映像や、テキストデータのような「系列データを扱えるようになった」のだという。
2012年にGoogleの人工知能が、インターネット上の1000万枚の写真を読み込むことで「猫」の概念を自分で学習したことが大きなニュースとなったが、今年秋にはGoogleの人工知能はリカレント・ニューラル・ネットワークの技術を使って、家族写真のような写真なら、何が写っているのか理解し、文章でキャプションをつけることができるようになった。わずか2年で、人工知能の画像認識能力と文書作成能力が一気に進化したわけだ。
▶「今後大きな山があるようには見えない」
松尾准教授によると、「Deep Learningで超えた山が、人工知能研究で一番大きな山。もちろん今後も課題はあるだろうが、このあとに大きな山があるようには見えない」と言う。
自分自身で学習できるようになった人工知能は、今後ロボットに搭載され、ロボットという身体を通じてさらに多くを学んでいくことだろう。また監視カメラや無人自動車、農業、流通、広告、医療、会計、介護、通訳、教育など、今後の人工知能の発達に合わせて、多くの業界が影響を受けていくと、松尾准教授は指摘する。
ロボット工学の権威、大阪大学の石黒浩教授は、人工知能やロボットが普及することで「今後、物理的な仕事はどんどんなくなる」と断言する。
その変化は指数関数的に早まっていくとみられる。集積回路の素子数が毎年、指数関数的に増加しているからだ。指数関数とは、最初はなだらかな傾きが突然、急な傾きに変化する関数だ。シリコンバレーの著名投資家Vinod Khosla氏は「この変化は竜巻のようなもの。最初は小さいかもしれないが、すぐに大きくなってあらゆる領域を飲み込んでしまう。人々は直近の動向を見てそれほどたいしたことではないと思うかもしれない。最初はとてもゆっくりとした変化だから」と語っている。
人工知能とロボットに仕事を奪われる時代。しかもその変化は指数関数的。変化に気づいた次の瞬間には竜巻に巻き込まれていた、ということになりかねない。
▶「IOT+人工知能」の覇権争いはこれから
しかし変化は、チャンスでもある。Preferred Networksの岡野原氏は、これを大きなチャンスと見る。
「スマホ+クラウド時代から、新しいパラダイムへの移行が始まります。そして1つの時代の覇者はその時代の成功に縛られて、次のパラダイムには移行できないケースが圧倒的に多い。今は、すごいチャンスのときです」と言う。
次のパラダイムとは何なのか。岡野原氏は「IoT(モノのインターネット)+人工知能」が次のパラダイムだと見ているようだ。「あらゆるアプリやサービスは、バックエンドで人工知能につながるようになります」と指摘する。
パラダイムシフトは、業界の勢力図を大きく塗り替える。勝負の分かれ目は、今だ。
【お知らせ】 この記事はBLOGOSメルマガ「湯川鶴章のITの次に見える未来」の無料公開分の記事です。
湯川塾25期の塾生募集を始めました。 2012年に、人間の脳を模したコンピューターが画像認識の世界大会などで連勝して以来、人工知能の領域が再びホットになり、技術革新が急速に進み出しました。この動きを受けて「IOTx人工知能」が次のパラダイムになるのは確実。「仕事がなくなっていく時代」におけるビジネスチャンスはどのようなものになるのでしょうか。研究者を講師に迎えますが、ジャーナリストである私との対話を通じて、どなたにも分かりやすく解説していくことができると思います。本文中に引用させていただいた松尾豊准教授や山川宏所長も講師としてご登壇いただきます。 http://thewave.jp/archives/1956
また24期「人工知能、ロボット、人の心」での議論をベースにした電子書籍の出版を近く予定しています。またその出版記念講演会を2015年1月21日(水)夜に新宿で開催する予定です。スペシャルゲストとの対談も予定しています。詳細はこのブログで追ってお知らせしますので、ぜひお越しください。
最新刊電子書籍「人工知能、ロボット、人の心。」絶賛発売中
オンラインサロンもやってます。オンラインサロンでは、僕の取材メモをリアルタイムで公開しています。
http://synapse.am/contents/monthly/tsuruaki
僕の仕事のプロセスは次のような感じで行っています。
まず取材のメモや読書、ネットで収集した情報のメモを、すべてオンラインサロンにリアルタイムに公開します。
そのメモをベースに原稿を書き、それをメルマガで発表しています。
メルマガの記事のうち、公開部分をこのブログでも掲載しています。
その過程で、専門家や情報感度の高い人と少人数で議論したいテーマについては、TheWave湯川塾を開催します。
メルマガの記事や湯川塾での議論をベースに、最終形として本として発表したりもします。
「ところがブレークスルーが起こったんです」と東京大学の松尾豊准教授は熱く語る。
▶2012年。人工知能研究に火がついた
2012年。人工知能の精度を競う国際的な大会で、カナダのトロント大学がぶっち切りの勝利を収めた。それも1つの大会だけではなく、3つ続けてだ。
「優勝したのは、画像認識、化合物の活性予測、音声認識など3つのコンペティション。まったく異なる領域にも関わらず、今までその分野を専門的に研究していた人たちを追い抜いてしまったんです」。Preferred Networksの岡野原大輔氏が解説してくれた。「それが立て続けに起こったので、コンピューターの各分野の研究者は、大きな衝撃を受けました」と言う。
トロント大学が開発したのは、ニューラルネットワークの分野の中のDeep Learningと呼ばれる手法。ニューラルネットワークとは、脳のニューロン(神経細胞)とシナプス(神経細胞結合)の回路を、コンピューター上で再現したもの。人間の脳と同様に、正しい答えを出した回路が強化されるように設計されているので、コンピューターが自分自身で物事を学習していくことのできる仕組みだ。
そのニューラルネットワークを何層にも重ねるのが、Deep Learningと呼ばれる手法。「猫」という概念を理解するために一番下の層のニューラルネットワークが、直線や曲線を認識する。次の層で目や耳という部位が認識される。次の層では目や耳を含む顔が認識される。そして最後の層で身体全体が認識されて、「猫」という概念を理解する。そんな風な仕組みだ。
ドワンゴの人工知能研究所の山川宏所長は「人間がモノを見た場合、視覚から情報が入ってきてそれを脳内で階層的に処理していて、5層か6層のところで抽象的な表現が出てくるって言われています。人間の脳の中の処理のここの部分が、これまではコンピューターではまったくできなかった。それがDeep Learningでようやくできるようになった。長年、超えられない壁だったわけですから、すごくインパクトが大きい話です」と語る。
人間の赤ちゃんは2歳ぐらいで言葉を覚えるようになる。それまでの2年間で、物の概念をつかもうとしているのだという。家の中にはどうやら父親と母親という2人の大人が存在するらしい、という概念を2年間かけて学習する。そのあとに、「パパだよ」「ママだよ」と概念には記号があることを教わるので、初めて「パパ」「ママ」と話せるようになるのだという。
「この2歳までの脳の学習の仕組みをなかなかコンピューターで再現できなかったんですが、それがDeep Learningで可能になったんです」と松尾准教授はその意義を語っている。
▶2年間でさらに進化
「そして2012年から一気に、人間の脳を模した人工知能の研究に火がついたんです。今、ものすごい勢いで研究が進んでいます」と岡野原氏は指摘する。
今年10月には、米Googleが、ニューラル・チューリング・マシンと呼ばれる技術に関する論文を発表している。
国立情報学研究所の市瀬准教授によると、記憶を統合できるようになった仕組みだというが、ドワンゴの人工知能研究所の山川宏所長によると、「まだソート(並べ替え)アルゴリズムくらいですが、プログラムを作れるようになるんです」と言う。山川所長は「自分でプログラムを書ける人工知能を作るというのが、人工知能研究者の長年の夢だったんです。1970年代から80年代にかけては、そういう研究がいっぱいあったんです。ところがほとんどが挫折した。今回発表された論文によると、Googleのニューラル・チューリング・マシンでソートプログラムを書けるようになった。今までできなかったことができるようになったということで、意義は大きいと思います」と解説してくれた。
岡野原大輔氏によると、リカレント・ニューラル・ネットワークと呼ばれる技術も、2012年以降に大きく進歩した技術の1つ。静止画だけではなく映像や、テキストデータのような「系列データを扱えるようになった」のだという。
2012年にGoogleの人工知能が、インターネット上の1000万枚の写真を読み込むことで「猫」の概念を自分で学習したことが大きなニュースとなったが、今年秋にはGoogleの人工知能はリカレント・ニューラル・ネットワークの技術を使って、家族写真のような写真なら、何が写っているのか理解し、文章でキャプションをつけることができるようになった。わずか2年で、人工知能の画像認識能力と文書作成能力が一気に進化したわけだ。
▶「今後大きな山があるようには見えない」
松尾准教授によると、「Deep Learningで超えた山が、人工知能研究で一番大きな山。もちろん今後も課題はあるだろうが、このあとに大きな山があるようには見えない」と言う。
自分自身で学習できるようになった人工知能は、今後ロボットに搭載され、ロボットという身体を通じてさらに多くを学んでいくことだろう。また監視カメラや無人自動車、農業、流通、広告、医療、会計、介護、通訳、教育など、今後の人工知能の発達に合わせて、多くの業界が影響を受けていくと、松尾准教授は指摘する。
ロボット工学の権威、大阪大学の石黒浩教授は、人工知能やロボットが普及することで「今後、物理的な仕事はどんどんなくなる」と断言する。
その変化は指数関数的に早まっていくとみられる。集積回路の素子数が毎年、指数関数的に増加しているからだ。指数関数とは、最初はなだらかな傾きが突然、急な傾きに変化する関数だ。シリコンバレーの著名投資家Vinod Khosla氏は「この変化は竜巻のようなもの。最初は小さいかもしれないが、すぐに大きくなってあらゆる領域を飲み込んでしまう。人々は直近の動向を見てそれほどたいしたことではないと思うかもしれない。最初はとてもゆっくりとした変化だから」と語っている。
人工知能とロボットに仕事を奪われる時代。しかもその変化は指数関数的。変化に気づいた次の瞬間には竜巻に巻き込まれていた、ということになりかねない。
▶「IOT+人工知能」の覇権争いはこれから
しかし変化は、チャンスでもある。Preferred Networksの岡野原氏は、これを大きなチャンスと見る。
「スマホ+クラウド時代から、新しいパラダイムへの移行が始まります。そして1つの時代の覇者はその時代の成功に縛られて、次のパラダイムには移行できないケースが圧倒的に多い。今は、すごいチャンスのときです」と言う。
次のパラダイムとは何なのか。岡野原氏は「IoT(モノのインターネット)+人工知能」が次のパラダイムだと見ているようだ。「あらゆるアプリやサービスは、バックエンドで人工知能につながるようになります」と指摘する。
パラダイムシフトは、業界の勢力図を大きく塗り替える。勝負の分かれ目は、今だ。
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湯川塾25期の塾生募集を始めました。 2012年に、人間の脳を模したコンピューターが画像認識の世界大会などで連勝して以来、人工知能の領域が再びホットになり、技術革新が急速に進み出しました。この動きを受けて「IOTx人工知能」が次のパラダイムになるのは確実。「仕事がなくなっていく時代」におけるビジネスチャンスはどのようなものになるのでしょうか。研究者を講師に迎えますが、ジャーナリストである私との対話を通じて、どなたにも分かりやすく解説していくことができると思います。本文中に引用させていただいた松尾豊准教授や山川宏所長も講師としてご登壇いただきます。 http://thewave.jp/archives/1956
また24期「人工知能、ロボット、人の心」での議論をベースにした電子書籍の出版を近く予定しています。またその出版記念講演会を2015年1月21日(水)夜に新宿で開催する予定です。スペシャルゲストとの対談も予定しています。詳細はこのブログで追ってお知らせしますので、ぜひお越しください。
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オンラインサロンもやってます。オンラインサロンでは、僕の取材メモをリアルタイムで公開しています。
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僕の仕事のプロセスは次のような感じで行っています。
まず取材のメモや読書、ネットで収集した情報のメモを、すべてオンラインサロンにリアルタイムに公開します。
そのメモをベースに原稿を書き、それをメルマガで発表しています。
メルマガの記事のうち、公開部分をこのブログでも掲載しています。
その過程で、専門家や情報感度の高い人と少人数で議論したいテーマについては、TheWave湯川塾を開催します。
メルマガの記事や湯川塾での議論をベースに、最終形として本として発表したりもします。