カーネギーメロン大学のトム・ミッチェル教授を取材する機会を得た。同教授によると、2020年代には、機械学習の進化を受けて人材と仕事のマッチング精度が向上し、人工知能がキャリアアドバイザーのような個別提案をするようになるという。多くの人は複数のパートタイムの仕事を幾つもこなすようになり、理想のキャリアに向けて転職と復学を繰り返すようになるとも言う。技術の進化が社会に与える影響を、機械学習の第一人者である同教授に詳しく聞いてみた。


▶細かくなる仕事の「粒度」

ーーMitchell先生は、米国の大手人材マッチングサイトのコアテクノロジーを開発したことがあると聞きました。機械学習や人工知能といった分野が急速に進展し始めましたが、それによって雇用の形はどのように変化すると思いますか?今日の仕事の大半がなくなるという予測もありますが。

Mitchell
 おっしゃる通りですね。でも今日ある仕事がなるなるという話は、昔からあることです。今日ある職種で50年前には存在しなかったものがたくさんあります。50年前にあった職種で今日存在しないものもたくさんあります。新しい仕事が登場し、古い仕事が消滅する。これはこれまでにもあったことです。ただおっしゃる通り、技術の進化にともっなって職種の変化はものすごい勢いで加速していますね。

この職種の変化が加速するというのが大きなトレンドの1つですが、実はもう1つ別のトレンドが顕著になってきていると考えています。それは仕事の粒度が細かくなってきているというトレンドです。仕事をするという概念の中に、1つの会社に就職するというカタチだけではなく、幾つものパートタイムの仕事を持つというカタチも含まれるようになってきているということです。

例えばアメリカのアマゾンがやっている仕事のマッチングサービスでは、仕事に必要なスキル持っている人とその仕事をマッチングさせるという今までのような就職斡旋サービスではありません。アマゾンのサービスに掲載されている仕事の内容は、タイピングミスがないか読んで確認するという簡単なもので、家にいながら時間の合間にちょっとした小遣い稼ぎをしたい人と、その簡単な仕事をマッチングさせるというものなんです。これは就職斡旋サービスの新しい形の一つです。そう思いませんか?

ちょっと時間ができた。それでログインしたら、5分後には仕事を始めることができる。そんなサービスです。同じようなことが別の領域でも起こっています。個人が自分の車でタクシーのようなことができるUber(ウーバー)もそうですよね。Uberのドライバーとして登録しておけば、ちょっとした時間の合間を使ってお金を稼ぐことができます。わたしはそれを「ジャスト・イン・タイム雇用」って呼んでいます。

「仕事をする」ということが、「会社に勤めて週に40時間働く」ということを意味しなくなっていきました。わたしが社会人になったときは仕事とはそういうものだったのですが、その仕事の概念に変化が生まれてきているわけです。昨日は3時間、今日は20分、好きなときに好きな形で働く。そうしたライフスタイルを希望する人と、そういう人のサービスを求める人をマッチングさせることが、テクノロジーによって可能になっているわけです。これも「仕事」という概念を変える大きな変化の1つの形だと思います。


▶生活優先、合間に仕事

同教授がAmazonのサービスとして紹介しているのは、Amazon Mechanical Turkと呼ばれるサービスだと思われる。同サービスのサイトによると、「写真や動画のオブジェクトの識別、データの重複除外、音声録音の転写」などの簡単な仕事が手軽にできるようになっているようだ。報酬は1回数セント程度のようで、先進国のユーザーにとってはお小遣いにしかならないが、経済格差がある途上国のユーザーにとってはそれなりの収益になるのかもしれない。

一方のUber(ウーバー)はわたし自身、今年5月と6月の2回の米国出張で、主な移動手段として何度も使わせてもらった。最初にアプリにメールアドレスやクレジットカード番号を登録しておけば、現在地周辺のUberの登録車の動きを地図画面で確認できる。レビューの★の多さなどを参考に1台選べば、その車がすぐにこちらに向かってくる。行き先を入力すると料金が先に提示される。混雑時には料金が2倍になったりするようだ。車の中での代金の支払いなど、面倒な手続きは一切なく、降車したあとにメールで領収書が届く非常にシンプルな仕組みになっている。

高級路線の日本のUberとは異なり、米国で利用したUberは白タクというイメージだった。自動車自体はきれいに掃除されたものばかりだったが、運転手はプロという感じではなく、移民系のアメリカ人のアルバイトでやっているような感じがほとんどだった。簡単な会話しか成立しないアジア系移民の運転手もいた。

学生の街カリフォルニア州バークレーで利用したUberのドライバーは、韓国系の大学院生だった。看護師の彼女と同棲中なのだが、大学に通いながらも生活費もしっかり稼ぎたいのでUberの運転手になったと言う。ちょっとでも空き時間があればUberのアプリにアクセスし、仕事可能のボタンを押す。しばらくすると近くのユーザーから、要請が入る。変則的な大学の授業の合間をぬって働くには、Uberが最適なのだと話してくれた。

シアトルで利用したUberの運転手は、40代の主婦だった。以前は自分でカフェを経営していたのだそうだが、家族との時間を大切にしたいと思ってUberの運転手になったのだという。いつもは自宅近くのシアトル郊外を走っているのだが、週末の夜のシアトル市内は需要が高く高収入が見込めるので、金曜と土曜は深夜までシアトル市内で走っているという。

それぞれが自分の生活を大事にし、その生活に合わせるように仕事をしているわけだ。ミッチェル教授の言う「ジャスト・イン・タイム雇用」の未来は、既に始まっているようだった。


▶ジャスト・イン・タイムで「雇用」と「教育」

ーー人工知能技術の進化で大量のデータを解析できるようになってきましたが、大量のデータを解析できるようになることで、仕事はどう変わりますか?

Mitchell
 コンピューターの自然言語を理解する能力が高まって、ウエブ上の情報やニュース、履歴書の内容をよりよく理解できるようになれば、人材と仕事のマッチングがより洗練されたものになっていくと思いますね。

就職は今、大きく変化しようしている領域です。そこには大きなチャンスがあります。就職、転職、教育というのは、別々のものではなく、1つのまとまりとして考えるべきものになりつつあると思います。

例えば、だれかに就職先を斡旋するだけではなく、その会社に採用してもらうために、必要なスキルを学ぶためのクラスをも斡旋する。そんなサービスがあってもいいと思います。今後5年から10年で、就職、転職、教育は、別々のものではなく、もっと重なりあって混ざり合ったものになっていくのだと思います。

なので教育の形も変わると思います。大学のように4年間きっちりと通わなければならないという形の教育だけではなく、既にオンライン教育の会社などがサービスを提供しているように、今、必要なスキルだけを教える、という教育の形も増えてくるでしょう。特定のスキルをすぐに身につけるための「ジャスト・イン・タイム教育」とでも呼ぶべきものが増えてくると思います。そう考えると2020年代の「仕事」と「教育」って、今とはかなり違ったものになるかもしれません。それにしたがって人々のライフスタイルも経済も変化するでしょう。とても興味深いことです。

ーー自分の幸福という目標のために、もしくはスキルアップのために、転職と教育を繰り返すというイメージでしょうか。そのロードマップをコンピューターや人工知能が提案できるようになればいいですね。全般的にマッチング技術が向上していく必要があるわけですが、マッチング技術を向上させるための課題ってどんなことなんでしょうか?

Mitchell
 1つは多種多様なデータですね。例えばオペラのチケットを転売したいのなら、だれがどのような音楽に興味があるかというデータがあったほうが、より効果的なマッチングが可能です。例えば、AppleのiTunesは多くのユーザーの一人ひとりがどのような音楽が好きなのかというデータを持っています。これを使えば、より的確なマッチングが可能です。でもプライバシーの問題があるので、Appleはこのデータをサードパーティに解放しようとはしません。

実は地球上には驚くべき価値を創造できるようなデータが無数に存在するのですが、それらのデータはプライバシーの問題があるので有効活用できていません。プライバシーの問題さえ解決できれば、ビジネス的にも社会的にも意義のあるすごいことが最新の機械学習技術でできるようになると思うのですが。

ですので、今後登場するトレンドとしては、データを融通し合うような仕組みが出てくるんじゃないかと思います。データ経済社会に向けて進んでいくわけです。どの企業もデータの所有者であり、データのユーザーでもある。料金を支払って互いのデータを利用し合うような仕組みです。われわれはデータ経済社会の入り口に立っているのかもしれません。

データ経済社会になればどのようなメリットがあるのか。ビジネスに取っては、儲かるという分かりやすメリットがありますが、社会全般にとってどんなメリットがあるのかということが理解されないといけません。それがないと規制が厳しくなるだけでしょう。反対にメリットがだれの目にも明らかになれば、法制度がデータ経済社会を後押しする方向に向くかもしれません

ーー証券取引所のような役割を持つデータ取引所ができるようになるのでしょうか?

Mitcell
 それは非常に興味深い可能性ですね。それが実現できるのはどうかは、プライバシーの問題が解決されるのかどうかにかかってると思います。でもプライバシーの問題さえなければ、単純にデータを融通しあうだけで、オペラのチケットをほしがっている人を10人見つけてくることなど、非常に簡単なタスクになると思います。

プライバシーの問題が解決すれば、データ取引所は実現可能だと思います。データ流通の価値って、ビジネス的なものだけではなく、社会的意義もあると思うんです。データ流通が社会に与えるメリットについて、もっと議論していくべきでしょうね。


▶ワーク・ライフ・バランスの先の未来

ーー幸福なキャリアってどんなものになるのでしょう?未来の理想的な職業人生のカタチとはどんなものになると思いますか?

Mitchell
 大事なことは、大好きなことをするということと、フットワークをよくすること、の2つだと思います。やっていて楽しくて、あなたを幸せにする仕事。そういう仕事をすべきだと思います。少しの収入の違いだけで、幸福感をなくしてしまうのはもったいないことです。

もう一つ大事なのは、フットワークのよさ。「この仕事をする」と10年前に決めたので「一生かけてやり通す」というより、常に変化に柔軟であったほうがいいと思います。もっと楽しいこと、もっと自分に合ったことを探してください。また今後の自分の選択肢が狭まる仕事よりも、選択肢が広がる仕事を探したほうがいいと思います。

フットワークをよくするには、教育を受ける機会であるとか、学びにつながる仕事であるとか、身の回りにあるものを有効利用したらいいと思いますね。仕事のために学び、学ぶために仕事をすることで、好きな仕事につきやすくなります。



▶「データ不正利用はだめ。有効利用しないのはもっとだめ」

仕事と生活。ワーク・ライフ・バランスという言葉は、一日24時間という時間をどうバランスよく仕事と生活に振り分けるのか、という考え方だ。この考え方の中では、仕事と生活は対立する概念である。

ミッチェル教授と話の中では、仕事と生活が必ずしも対立した概念ではないことに気づいた。仕事は幸福になるための手段でもあるし、幸福そのものでもある。自分の好きなことを仕事にできるようになるために、柔軟な姿勢を保つことが必要になる。ミッチェル教授はそう力説する。

しかしだれもがそうした理想の仕事につけるようになるためには、人材と仕事をよりよくマッチングするサービスが必要だし、社会の変化を理解した上でスキルアップになる仕事や教育を提案するサービスも不可欠になってくる。優秀なキャリアアドバイザーやヘッドハンターがクライアントの特性や希望を理解した上で、そのときどきのキャリアムーブを提案するように、「今はこのスキルを得るために社会人大学に通いなさい」「次はこのスキルを得るために、この会社に勤めなさい」などといったアドバイスをしてくれるようなオンラインサービスが、今後人工知能の進化を受けて登場してくるのだろう。

ただ個々人の特性や希望を理解し、社会の変化さえも考慮してアドバイスできるようになるには、人工知能が多種多様なデータを入手し、解析する必要がある。同教授の言うように、プライバシー問題がなければ、世界中のデータを統合し解析することで優秀なキャリアアドバイザー並みの提案を人工知能ができるようになるだろう。しかしプライバシー問題は簡単には解決できない。そこがデータ経済社会に向けたボトルネックである。

しかしボトルネックはチャンスでもある。解決されれば、一気に時代が先へ進むからだ。「データの不正利用はよくない。しかしデータを有効利用しないのはもっとよくないことだ」。ある研究者の言葉だ。この考えが社会に広まっていけば、このボトルネットを解消するために、今後多くの試みが繰り返されるだろう。制度改革に努める人もいるだろうし、技術的な解決策を模索する人もいるだろう。今の制度、今の技術を使いながらも新しい仕組みで問題を解決しようとする人もいるだろう。

2歩先の未来が見えてきた。あとはいつこのボトルネックが解消されるかだ。


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ミッチェル教授へのインタビューは、リクルートさんの仕事の一貫として行いましたです。同教授への動画インタビューが近く、リクルートさんのサイト上で公開される予定です。